第62話 クイーンローパー
にょろにょろと縦に長い
幅の広い一本道。均等に切り分けられた白い石材が、丁寧かつ均等に埋め込まれている。
左右には一面の白い花が咲き乱れていて、ローパーの触手のような花弁が天に向かってゆらゆらと揺らめいている。
中央にある噴水は、真っ白な触手が波打つような外枠に覆われており、そこから噴き上げられる水は周囲に散りばめられた鉱石や結晶の色を反射して七色に輝いている。
「こ、こんな立派な庭園、魔界中探してもどこにもないんじゃないの……?」
魔界を二分するマフィアの一人娘が言うのであれば、そうなのかもしれない。
「オレも王城は一つしか知らないけど、そこと比べてもこれは凄いと思う……」
少し速度をゆるめてツツツと進んでいく女中ローパー(鑑定で見た)の後について庭園の中に足を踏み入れる。
白い花──シルクリーチフラワー(鑑定で見た)の花弁がサラサラと
「まぁ、気持ちいいですわぁ!」
「ヒヒィ~ン……!」
「うん、生き返る……」
「チロチロッ……んまっ、この水甘くて美味いぞっ!」
久々の水との出会いを全身で満喫する魔物たち。
花の甘く
天井の高い一階建て。丸い屋根の天頂部の先端がツルリと上に伸びている。
「なんか変わった形の建物ですねぇ」
「人間界にも砂漠地帯に、こういう建物があるって聞いた気がするなぁ。なんでこんな形なのかは知らないけど、変わってるよね」
「ふふっ、ローパーさんたちの王国、面白いですねぇ。建物もみんな可愛い形ですし」
ふるふる。
パルが「でしょ、でしょ!」みたいな感じで触手を振る。
緩やかなスロープを上り、宮殿の中へを足を踏み入れる。
円形の大広間。空気が外よりも少しひんやりと冷たい。
女中ローパーが「ここでお待ちを」みたいな感じで触手を掲げ、パルの持ってる槍を受け取ると、ツツツ……と奥へと消えていった。
「しっかし、こんな地中にこんな文明が栄えてたとはなぁ。誰も知らねぇんじゃねぇのか、この国の存在を」
カミラが腕組みをして呟く。
そういえば、カミラ以外のセレアナ、アルネ、ケプ、パルもみんなチアガールの服を着たままだ。
度重なる戦闘や移動を経て、ボロボロの土だらけになったその服装と、清潔感あふれる白い宮殿のギャップが、なんか変な感じだ。
そういうオレも着てるのは、血で染まったタキシード。リサとルゥは黒のワンピースで、こちらも違和感があると言えば違和感がある。
そんなことを考えていると、すぐに奥からパルの親らしき人物が現れた。
「え……?」
「どういうこと……? なんでここに……」
「人が……!?」
オレたちの前に姿を現したのは、二本足で歩く一人の女性。
背は高くない。紫色のスリットドレスを着ていて、
カツン、カツン……。
「さて……」
静かなのに不思議と響く声。
セレアナのようなスキルによる強制力ではなく、蓄積された経験を感じさせる含蓄のある声──といった感じだ。
「まずは、パル。よく無事に帰ってきた。それから、プロテム。そなたに任せたのは正解だったようじゃ。礼を言う」
パルがドレスの裾を掴むかのように触手を持ち上げて少し腰を落とす。
プロテムは騎士のように左胸に触手を当てている。
「我が王国は外界からの侵入を許していないのじゃが……」
パルの母親? は艶めかしく足を組み替えると、オレを値踏みするかように見つめる。
「フィード・オファリング」
「は、はい……!」
急に名前を呼ばれてドキリとする。
一体、なんでオレの名前を……。
それにパルの母親が人間ってどういうことなんだ……?
「そなたの力を見せてみよ。それで、今そなたが感じている疑問は解決するじゃろう」
力を見せろ?
それはつまり──こういうことか?
【
名前:ポラリス
種族:クイーンローパー
職業:女王
レベル:577
体力:17
魔力:30916
職業特性:【
スキル:【
やはりローパー! しかもクイーン! 間違いなくパルの母親だ!
しかし、人の姿をしているということは……。
「もしかして、ポラリス様は人化をしてる──ということでしょうか?」
「うむ。そなたの鑑定能力、あながちハッタリではないようじゃの」
目を細め、気だるそうに呟くクイーン。
「ちょ、ちょっと……なんでオレのスキルのことを知ってるんですか!? パルと話す暇はなかったはず……。それになぜ人化できないはずのローパーが人化を!? それから職業を得ることの出来ない魔物が職業を得てるってのは……」
「落ち着け、フィード。いや、アベルと言ったほうがいいのか? まぁ、よい。すべて答えてやるから焦るではない。まずは、貴様らの目的について確認しておこう」
目的。
オレたちが目的があってここに来たことも知ってる……?
しかもオレの本名まで……。
やはり……ここは、なにかおかしい。
パルを疑いたくはないが、何かにハメられた、って可能性も……。
横目でパルを見る。
姫としての本来の姿なのか、背筋を正して優雅に立っている。
目が合うと、パルは少し小首をかしげた。
「大丈夫?」
まるでそう言っているようだ。
そうだ、パルが騙したりなんてするはずがない。
信じよう、彼女を。
リサとルゥを見る。
「大丈夫よ」
「落ち着いてください」
視線がそう訴えてくる。
そうだ。落ち着こう。
オレの進化した鑑定スキルなんてまだ一日しか使ってないんだ。
先入観にとらわれて動転してたら大局を見失う。
そう、今いちばん大事なのは、ダンジョンの本当の出口を知ること。
そのために、ここにヒントを探しに来たこと。
そこを見失うな、オレ。
リサのため、ルゥのため、そしてオルクのために。
「女王ポラリス様。まずは、我々を招き入れてくれたこと感謝申し上げます。私達は今、大悪魔メス・テザリアの命を落とした際に発生したダンジョンに巻き込まれています。そこで、次の大悪魔を作るためのゲームへと強制的に参加させられ、残り二日と少々の間に『本当の出口』を見つけられなかったらオレと、隣にいるリサ、ルゥ、そして今もダンジョンにいるオルクが命を落とすことになるのです。そして、その『本当の出口』が何かを知る手がかりがないかと思い、失礼ながらこちらまで伺わせていただきました」
よし、これが大局だ。
言えた。
王族と対面なんてしたことないから緊張したけど、みんなの命がかかってると思えば、どうにか出来たぞ。
リサならどう振る舞うか。
セレアナならどう振る舞うか。
そして、オレの中の「フィード」ならどう対処するか。
それらを想像しながら、どうにか伝えることが出来た。
ダンジョンの中で垣間見たオルクの人間力。
それがこういうものなのかと痛感する。
きっとここでスキル「
付け焼き刃の口先が通用する相手に思えない。
まずは、ここにヒントがあるのかどうか。
それをハッキリさせれば、今後オレたちがどう動くべきなのかが自ずとわかる。
はたして、ヒントはあるのか。ないのか。
それ以外のことは、今はどうだっていい。
ごくり……。
クイーンをジッと見つめる。
ヒントがここにあるのか。ないのか。どっちなのか。
その答えを聞くために。
まるで誘惑するかのように
「明日の朝……」
「はい?」
「明日の朝、すべてを伝えよう」
「え? いや、オレたち時間がなくて……」
残り二日少々。
それがオレたちの命の期限なんだ。
のんびり過ごして時間を無駄にするなんて、そんなこと……。
「どのみち戻る途中で仮眠を取るのであろう。では、ここで休んでいった方がよい。食事も寝所も用意しよう。それに──」
オレたちを
「その衣服も洗っておこう。換えも準備できておる」
ハッ──と恥ずかしそうに服を隠す女子~ズ。
「衣服、睡眠、食事。それが万端になるだけで
そう言うと、クイーンはゆっくりと立ち上がった。
オレたちにぺこりと小さく頭を下げたパルが、ツツツと母に歩み寄り、背中に触手を回して一緒に奥へと消えていく。
……まいった。
いつの間にか、オレたち全員の名前まで調べ上げられている。
パルやプロテム、女中ローパーが伝える暇があったとも思えない。
完全に向こうが上手だ。
オレたちは子供だ、大人がいたら。
そんなことを思ってやってきたローパー王国だったが、こと交渉においては完全にペースを奪われてしまった。
これが大人かぁ。
リサ、ルゥ、パルたちがいたからなんとか乗り切れたものの、オレもスキル以外の部分をまだまだ磨いていかないとな。
だが。
女王との会談で得るものも多かった!
ここまで情報収拾能力に秀でていて、言葉が通じる相手。
きっとなにかしらヒントを持っていると思って間違いないだろう。
もし持ってなかったとしても、ここでしっかり休んで、セレアナやパルたちをここに残していければ十分に元は取れるはずだ。
オレたちの次なるタスク。
『明日の朝まで、ばっちり休んで体力気力完全回復!』
やったろうじゃないか!
かかってこい、ローパー王国!
例え食事が
「なぁなぁ、水飲ませてくれるかな、水?」
「あの噴水で水浴びしてもいいのかしらぁ?」
「ヒンヒヒン」
「お庭のお花、見に行きたい」
面会の緊張から解き放たれた女子~ズが欲望丸出しで振る舞う中、オレはこれから向かう休息に向けて、一人闘志をメラメラと燃やしていた。
【タイムリミット 二日五時間三十五分】
【現在の生存人数 三十三人】
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