第52話 ダミー扉
【二十五階層】
『 で ぐ ち 』
そう書かれたプレートの下に、でんっ! と派手でゴテゴテしたチープな装飾の施された扉が、これでもかというくらいに存在をアピールしていた。
黄、赤、黒、青。
子供が何も考えずぶちまけたかのような悪趣味な配色。
下品──シンプルにそんな感想を抱かせる扉を前に、オレたちは呆然と立ち尽くす。
「あからさまに怪しい……わねぇ……」
「あからさまに怪しい……ですねぇ……」
リサとルゥが眉をしかめる。
「フィードぉ? さっさとあれ、やりなさぁい? ほら、あの、か・ん・て・い」
「あ、ああ、そうだな……」
セレアナに
【ダミー扉100分の1(トラップ:笑気ガス)】
「だって」
「やっぱりトラップだよなぁ」
「笑気ガス……ちょっと吸ってみたい気もしますわねぇ?」
「ね、100分の1ってなにかな?」
「う~ん、危険度が百段階中の一とか?」
「もしくは……百個あるダミー扉のうちの……一個、とか……」
ルゥの言葉に、皆は顔を見合わせる。
そして、同時にケプの背中に乗せられているテス──大悪魔に視線を移す。
「ピュ~♪」
口笛を吹いてしらばっくれている大悪魔。
「もし、これが百個あるとしたら、五十階層の各階層に二つずつ……とか?」
「もしかして、その中に本当の出口があったりは……」
「うわぁ、考えたくないわね! 一個の出口を見つけるのと、九十九個の偽物を潰していくの。どっちがイヤって言われたら後の方よ!」
「三日で百個鑑定するとして、一日三十三個。寝ずにやっても一時間に一個以上、か……。たしかに骨が折れるな……」
「しかも、その中に本物の出口があるとも限らないからね」
「
アルラウネのアルネが、なにか扉付近を念入りに調べている。
「どうした? あんまり近づくと危ないぞ?」
「この植物……」
「植物?」
顔を近づけて目を凝らすと、扉には緑色のコケのようなものが張り付いていた。
「コケ?」
「うん、それっぽいんだけど、これ本物の植物じゃない。コケに見せかけた別のもの」
「そっか。アルネはスキル
「それもあるけど、私、植物を育てたり動かしたり出来る」
「へぇ、それはスキルとは別に?」
「うん、別に。それで、動かそうとしたけど、この子動かない。だから偽物」
「へー、そっか」
魔物の種族特性、みたいな感じなのかな?
人間の職業特性みたいな。
狼男で言ったら「満月だと力が増す」とか、そういうものなんだろうな。
これも覚えておいたほうがよさそうだ。
スキルを奪ったからといって、魔物は完全に無力になるわけじゃない。
そして──これはこの先、もし人間と
(もう、これ以上何かと戦うとか、勘弁願いたいけどな……)
「つまり、あれだろ? ダミーってことは、これと全く同じ形の本物の扉があるってことだろ? だから、それに生えてるコケまで模造されてるんじゃないのか?」
ラミアのカミラの鋭い指摘。
「あっ! ってことは……!」
「きっと本物の扉は、コケが生えるようなところにある……?」
「水辺の近く、湿度の高いところ、そういうところにコケは生える」
おとなしい小さな声で、そう説明するアルネの肩を掴んで尋ねる。
「つまり、ダンジョンで言うと上の階と下の階、どっちにコケが生えやすい!?」
「大体は、下……」
「下か! よし、みんな! まずは下に行って本物の扉を探そう! 百個探すとなったら骨だが、五十個ならなんとかなりそうだ!」
「ええ、少しやる気が湧いてきたわ!」
「他に手がかりもないし、今はそれでいくしかないか」
そう呟いて、カミラがチロリと舌を出す。
「フィードさん、この扉はどうしておきますか?」
「これかぁ。石化で固めて、触手をバツ印につけておこうかな」
「それなら、みんなが戻ってきても、これがハズレの扉だってわかりますね」
「お腹が空いたら触手食べてもいいしね」
「あ~……みんなにも触手、渡しておけばよかったなぁ。今頃お腹空かせてるんじゃないかなぁ……」
「食べる……って……その触手を食べますの?」
引いた感じでセレアナが聞いてくる。
「ああ、こう……焼いてて食べると美味いぞ」
ボォォォ……。
実際に目の前で新たに出した触手を焼いてみせる。
ちょっとした屋台を開いてる気分だ。
「えぇ……これ、パル的には大丈夫ですの……?」
ふるふる。
寂しそうに体を振るパル。
そうだよな。
自分の体と同じものをみんなに食べられたら嫌だよな。
だから。
「はい、これはパルの分」
パル用に新しい触手を出してあげると、パルは嬉しそうに、それをにゅるんと吸収した。
「は? ええ……? フィードの出した触手をパルが吸収しましたの? え、でも、それ、元はパルのスキルなのですよね? 一体なにがどうなって……」
「よくわからないけど、パルにとってはこれが食事になってるみたい」
「はぁ……食事に……。まぁ、いいですわ。なんかまともに考えるのも馬鹿らしくなってきました。次の階層に行く前に、ここで一旦休憩にしましょう。食事も、それを食べるしかなさそうですし」
セレアナの提案で、オレたちは腰を下ろして各々楽な体制を取った。
オレは焼き触手をみなに振る舞い、アルネは草を生やしてケルピーのケプに食べさせている。
他には。
アルラウネのアルネを囲んで、みんなでハーハー息を吹きかけたり。
男子がオレ一人になってしまったので、オレを置いてみんなで離れた場所まで用足しに行ったり。
それを見ながら「制限時間があるのに、そんなことを気にするなんて女子ってめんどくさいな……」なんて思ったり。
ウネウネと下半身をうねらせながら戻ってくるセレアナ、カミラ、ケプを見て「あ、そういえば、なんか蛇行系の魔物ばっかりこっち来たんだな……」なんて、ぼんやり思ったり。
そんなこんなで小腹も満たして、さぁ残りの五十個のダミー扉のうち、本物を探しに行きましょうか、となった時。
ドッガァァァァァァァァン!
オレの石化したダミー扉。
それが、外側からぶち破られ──。
一匹の、ローパーが現れた。
【タイムリミット 二日二十二時間五十一分】
【現在の生存人数 五十四人】
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