Ep6.×M.Sasaki

 薄いグリーンの壁に北欧調の家具が並ぶモデルルームのような部屋、その中心に置かれたアイボリーの布が掛けられたソファに座っていた御堂斎みどういつきは、佐々木水面ささきみなもに膝枕を強要されていた。

 一見すると、ただのセクハラの映像証拠である。


「だから絶対固いって」

「固くてもいいもん! いっちゃんに膝枕してほしいだけだし!」

「もんとかいい大人が使うなよ……」


 補足するが御堂はもうしばらくすれば21歳、水面は22歳、来年一月で23歳になる。『もん』は多少厳しいかも知れない年齢だ。


「……膝枕、してもいいけど、絶対固いとか寝心地については言わないでほしい」

「えっマジでいいの?」

「寝心地についてはなんも保障してないから、そこを突いたら転がり落とします」

「やったあ~!」


 話を聞いてるんだか聞いていないんだか、噛み合っているんだか噛み合っていないんだか、そんな会話を交わした後に水面はゆっくりと御堂の太腿に頭を下ろす。


「おお……」

「固いでしょー?」

「筋肉って感じ。あったかい、いっちゃんって基礎体温高いよね」

「代謝いいからね。サーシャほどじゃないけど」


 サーシャとはメンバーの高梁透たかはしとおるアレクサンドルのことである。グループいちの汗っかきだ、加えて燃費も悪い。


「いっちゃんも燃費悪いんだっけ?」

「食べる量が多いだけかな。そんなすぐにお腹空いたりはしないし」

「なんか、少ない量をずっと食べてるイメージ」

「半食分を一日五食くらい食べてるから、大体合ってるよ」


 あとお腹空いても我慢がきく、という御堂の言葉に、ご飯はちゃんと食べましょう、と水面は口を挟んだ。普段は御堂が他のメンバーに言っている言葉なので、言われている様子はかなりレアである。

 しばらくすると御堂の足が痺れてくる。当然だ、人間の頭は重い。御堂は自身の太腿を枕にしている元凶の体を揺すった。


「……みなもん、もうそろそろ重たい」

「……やば、寝てた」

「寝るな! カメラ回ってるんだから!」

「はいはーい」


 御堂の太腿より帰還した水面は、少しふわふわとした様子でソファに腰を落ち着ける。「完全に眠たいときの顔じゃん」と御堂は唖然としていた。


「んーん、だいじょぶ~」

「大丈夫じゃないときのやつだよ、それ」

「いっちゃん、お誕生日おめでと~」

「ん? あ、うん、ありがとう」


 唐突な祝いの言葉に御堂は面食らった。水面はにこにことした表情を崩さずに言葉を続ける。


「今年こそはちゃんとこき使ってね~」

「ひ、人聞きが悪すぎる……」

「そんなことない、正当な権利」


 おーけー? 水面が問うけれど、御堂がおーけーと返すことはできなかった。

 言語化が難しいが、単純に年上のメンバーをこき使うのはどうだろう、という気持ち半分、この人に借りを作るのはややこしそう、という気持ち半分である。

 だから結局、


「お気持ちだけで……」


 という返答になったのだった。

 水面が不服申し立てをしたのも、当然の帰結だ。


※   ※   ※   ※   ※


「いっちゃんをダンスリーダーにしたの、わりと申し訳なく思ってて」

「え? そんなこと思ってたの?」

「普通に申し訳なく思ってるよ~、だってぼく最年長なのに」


 水面はread i Fineリーディファインにふたりいる最年長のひとりだ。本来ならば水面がダンスリーダーをやっていてもおかしくはない、しかし彼は御堂を指名しダンスリーダーに就任させた。

 そしてそのことをずっと悔やんでいたらしい。未だに笑顔の内に険しさが覗き出るような、複雑な表情をしている水面に御堂は笑いかける。


「なんか、どうせ僕がやるんだろうなあ、とは思ってたから別に」

「それはそれで癪だな」

「なんだよお前!」


 お前が申し訳なくしてるからだろ! と御堂は笑顔から一転、水面に対して声を荒げる。

 しかし水面はどこ吹く風で、逆にいっちゃんが譲るべきだったんじゃない? とまで言い出す始末。すごく、なんというか、ストレス。


「最年長から指名されて断らないといけなかった、って源義経のエピソードみたいだな……左衛門少尉……」

「なにそれ」

「源義経はお兄ちゃんの下に使えててめちゃ戦が強かったんだけど、お兄ちゃんの許しを得ずに天皇から高い身分もらってお兄ちゃんにぶちギレられたのね。それがきっかけで死んじゃった」

「えっ悲しい……」

「なるほど、そういう感想なのか」


 ある程度歴史を知っている御堂からすれば「義経やっちまったな」程度のことだが、まったく知らない人からすれば悲劇なのか。そりゃあ歌舞伎や浄瑠璃で流行るわけである。

 閑話休題。


「まあ申し訳ない気持ちはなくならない。さっきの『こき使ってね』発言もそれゆえだし」

「みなもんはみなもんなりに色々考えてくれてるんだねえ」

「そりゃね、っていうか多少の実感はあるのでは? まさかない? 嘘でしょ?」

「多少の実感はありますとも……、……みなもん、こわい、ちかい、あつがつよい……」


 気付けば目と鼻の先にまで近付いていた水面を、御堂は避けようと懸命に体を反らせる。ただなぜか腰を引き寄せられているため、満足に動けなかった。どうしてこんなことに。


「いっちゃんが冷めたこと言うからだよ~、もぉ~!」

「ごめんごめん、謝ったから離して」

「しょうがないなあ。いっちゃんのお腹周り、程よく柔らかくてずっと触ってたいんだけど」

「それ、あなたのお兄さんにも言われましたよ」

「は? セクハラじゃん?」

「オマエモナー? 自分の発言鑑みなー?」


 お前だってセクハラだよ、御堂は水面の耳を引っ張る。水面はすぐさま謝って、手を離してもらうように懇願した。懇願されれば離すより他はない、御堂はすぐに手を離す。


「いたかった」

「ごめーんね。で、そもそもみなもんってなんで僕をダンスリーダーにしたの? 技術面での評価?」

「それもあるけど、どっちかっていうと年功序列関係なくしたかったのと、いっちゃんが楽しそうにダンス踊るから、っていうのが強い」

「楽しそう……?」


 御堂が首を傾げる。年功序列は分かる、グループリーダーと同じように最年長が何かしらの役職につくと権力が肥大化してしまう。そのため最年長は避けて選出することがベターだ。

 しかしその次の「楽しそう」という理由があまりピンとこない。自分が楽しそうに踊っている、という自覚がない訳ではなく、それを理由にリーダーに選出されたことにピンとこないのだ。


「ダンスって楽しそうに踊ってる人が最強じゃん?」

「それね。楽しんだもの勝ちだから」

「ぼくんなかでいちばん楽しそうに踊ってる最強ダンサーがいっちゃんな訳よ。で、最強ダンサーの周りにはひとが集まってくる、上手い人とか下手な人とか関係なく」

「楽しそう、って思ってくれた人が来てくれるもんねえ」

「そうそう。だからいっちゃんがリーダーなら、ダンス苦手なメンバーでもふらふら近寄っていっちゃんにダンス教われるんじゃないかなあ、とか思ったんだよ~」

「そんなメンバーを虫のごとく……」


 そうなると御堂は誘蛾灯である。メンバーを虫にたとえられるのも微妙だが、自身を誘蛾灯にたとえられるのもあまり心持ちはよろしくない。


「で、いっちゃんの細かい指摘でびりびりびり~って!」

「電気発生させてるタイプのやつかい。田舎でしか見ないやつじゃん」

「まあそれが目的ですけどね。指導しやすく指導されやすい関係にするためなので」


 read i Fineは結成当初、実力がちぐはぐなグループだった。一点特化型のメンバーや、オールラウンダー、また平均値的には『まだまだ』というメンバーもいて、どうしてもメンバー間での指導は必要不可欠だったのだ。


「年功序列関係ないって言ったけど、いっちゃんの指導ならダンスリーダーじゃなくても別に関係なかったとは思うよ」


 それでもリーダーにしたのは、むしろ年下メンバーのためだった、と水面は語る。

……本当に、予想以上に色々考えてるな、と御堂は溜め息をついた。


※   ※   ※   ※   ※


「そういえばこの間いっちゃんに勧められた漫画読んだよ、最新巻まで」

「えっ、ど、どうだった……?」

「……いっちゃんって、自分が勧めた漫画の感想聞くときがいちばん緊張してない?」

「そりゃするでしょ……センスが問われるし……で、どうだった?」

「面白かった!」


 よかったあ! と御堂は胸を撫で下ろす。ほっとしたのか大きくソファの背もたれにもたれかかった。


「ぼくね~、あのひと好き、四巻で出てきた謎の中年男性」

「あー、自称・謎の中年男性」

「自称しなくても普通に謎なのにね~。でもめちゃカッコいいじゃん? は? なに? ってなりながら読んだ」

「分かるー! 正体明かされたときがまたこう、ぐっとくるよね。それまでの展開といい、主人公のバックボーンにも関わってくるし。十一巻の台詞がこう効いてくるか、みたいな」

「あそこの伏線回収鳥肌やばかった。なるほどね! はいはい! だからか! って叫びながら読んでてとみーに怒られました……」

「それはみなもんが悪い」


 森富太一もりとみたいちに怒られたことを思い出し、落ち込んでしまう水面。しかしその直後に「でも今とみーも読んでるよ!」と元気よく叫ぶ、やったあとふたりはハイタッチをして喜びを分かち合った。


「いっちゃんの漫画好きって誰からの影響? 親? 兄弟?」

「まあ母親も兄貴たちも漫画は好きだったけど、いちばんは叔母夫婦」

「あー、カフェやってる叔母さん」

「そうそう。叔父さんがえぐい漫画好きなの」


 御堂にはふたりの兄がいるが、その兄の漫画好きも叔父によって鍛えられたものらしい。曰く「オーソドックスかつ今時ではスペシャルな感じのオタク」をしている叔父だそうだ。


「アニメもゲームも叔父さんから?」

「そうだねえ。叔父さんがいたから小学生になったら特撮を卒業するっていう観念もなかったし、深夜アニメも小学生くらいから見てたし、オタクの素養は全部そこで培われたかな」

「それを邪見にしなかったお母さんが偉い気がする」

「うちの母親は大学教授だから、別角度で見たオタクでしかないんだよ」

「それもそうだな~……」


 東北の国立大学で教授職(専門は日本中世史)をしている御堂の母も、水面から見れば充分すぎるほどオタクである。ただ、と御堂は一言挟んだ。


「僕の兄弟でいちばんオタクなのは間違いなく下の兄さんだから」

「ラジオの作家さんなんだっけ」

「あの人のマニアックさにはマジで勝てない。細かいとこ見すぎだし、ちょっと亜樹を感じる」

「あきさまもギークだよね~、音楽的ギーク」


 いっちゃんはオタクだけどあきさまはギーク、水面はそう評する。土屋亜樹の音楽に対する知識や熱意の高さはまさに『ギーク』、反面御堂は趣味止まりである。仕事にするつもりも更々ない。


「でもバラエティには出てるじゃん?」

「『アイドル・御堂斎 from read i Fine』なら全然構わないけど、一個人で『声優・御堂斎』とかになるつもりはないって話」

「漫画の原作やりませんか~みたいなオファー来ても……?」

「やらないね。特にやりたいとは思わない」


 御堂は『見る専のオタク』という意識が強いのと同時に、『自身はアイドルである』という認識もかなり強い。別の職業をしている自分を持つ気はないそうだ。


「というか、メンバーでの仕事がいちばんだから。歌って踊って、ライブして、“&YOUエンジュー(read i Fineのファンネーム)”と触れ合うのがいちばん大事、僕にとってはね」

「いっちゃんは踊るためにアイドルになったようなもんだしね~」

「まあそれはちょっと違うんだけど。でも、ダンスの力を信じてるし、愛してるから」


 果てしなく真っ直ぐな言葉だ。眩しすぎる、ふと水面が呟けば御堂は不可解そうな顔をした。


「眩しくないよ、ただのオタクだよ」

「ただのオタクだから眩しいんだよ~、好きを偽らない、愛を恥ずかしがらない、それがどんっっっだけすごいことか」

「えー、えへへ、すごいかなあ」

「すごいよ! いっちゃんすごい!」


 ダンスの実力や賞歴を褒めてもこんなはにかむだろうか、御堂斎という男は。

 なんだか堪らなくなって、水面は御堂の頭を乱暴に撫でた。頑張ったことや努力した自分ではなく、好きでい続けている自分を褒められて喜ぶ、その姿はとてつもなく健気に見えたのだった。


※   ※   ※   ※   ※


「いっちゃんへのプレゼントはこちら~! ピ~ア~ス~!」

「わ、ありがとう。めっちゃ嬉しい」

「ちなみにだけど、ぼくとお揃いです」

「……なんかみなもんって、お揃いめっちゃ好きだよね? なんで?」

「マブダチ~! って感じするから!」

「っていうかこの間もくれたじゃん。余ったやつ」

「余ったんじゃなくて、ぼくが付けるよりもいっちゃんが付けた方が似合うって思っただけ~。でも一部お揃いあるし」

「あ、知らない間にお揃いされてるってこと?」

「今度付けてたら教えてあげるね」

「できれば一生闇の中がいいんだけど」

「なんで~!?」

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