銀の月が見える夜

第三十三話 保護者失格

雪穂の中で、最も気がかりなこと。それは。

『双葉が誰かに危害を加えていないかどうか』だ。

もし、そうなってしまえば悪魔の影響がなくなったとしても、今まで通りの生活に戻るのはもう不可能だろう。

だからこそ、双葉の暴走は何としてでも止めなくてはいけなかった。

「双葉ちゃんって携帯持ってましたっけ？」

「子供用のやつ持たせてる。でも答えてくれるかはわかんない」

「……うーん、そっか。あたし連絡先持ってないから、連絡してみてくれますか？」

「うん、期待は出来ないけどね」

無限に感じる程の、コール音がただ流れるだけの時間。

返事はなかった。

「やっぱりかぁ…」

「ですよねぇ……」

元々期待はしていなかったとはいえ、改めてコールに応じないという事実を叩きつけられると、二人は落胆する。

「にしても、こんな広いとこで双葉ちゃん探すとか、もしかしてあたしら相当無謀なことやってます？」

「…気づかれちったか。そういやイオリンまだここにいるかな？連絡してみる？」

「マジですか？」

「…やってみる価値はあると思うんだよね。雪穂ちゃん連絡先持ってるっけ？」

「一応持ってます」

とはいえ、伊織に連絡をかけるのは初めてなだけに、微妙に気まずかった。

数秒のコール音の後に、伊織が応じる。

「もしもし、あのさ。伊織くんってもう帰ってる？」

「もしもし…何だ急に。何なら今から帰るとこだけど」

「申し訳ないんだけどさ。さっき会った女の子。あの子知らない？はぐれちゃってさ」

「知らんが」

あまりにも不愛想かつ無関心すぎる答えに、雪穂は少しイライラしながら電話を続ける。

「夜空ちゃんは今いる？一応夜空ちゃんにも聞いてみて」

「ん。聞いてみるわ」

「…伊織くんっていっつもあんな感じなんです？電話越しでも不愛想すぎてあいつ可愛げないんですけど」

「あんまりそういうこと言わない。うーんでもまあそうかなー。素直になれないお年頃なんだよ」

「ポジティブですね……」

数秒の後、伊織から返事がかかってくる。

「…お前さ。はぐれたってマジで言ってる？」

伊織の声からは、若干怒りのようなものが滲んでいたように雪穂には思えた。

「その子のことは知らないけど、まだ悪魔がそこにいるかもしれない、って言ってんぞ。夜空のやつ」

「情報ありがとう。どのあたりで見たか聞いてる？」

「いやそこまでは聞いてねえけどっつーか話聞けコラ！！！！」

伊織の怒号をスルーしつつ、雪穂は電話を切る。

「何だったんだよあいつ……」

突然かかった連絡を唐突に切られ、伊織はその場に立ち尽くしていた。

「…ぼく、ちょっと不安だよ。それに、雪穂さん、もしかしてものすごく焦ってるんじゃ……」

「不安ってどうしたんだよ」

「だって、近くに悪魔の出現報告もある。それに……伊織が出会ったっていう子、もしかしたらその子だって何かあったかもしれない」

「…お、おう。なんか、しっくりこねえけど。それにあの悪魔憑きまで放っておくわけにはいかないしな」

どうも夜空の話によると、夜空は買い出しの最中悪魔憑きらしき女性に遭遇していたらしい。

誰にも危害を加える様子がなかったので夜空は急ぐ必要もないと判断したそうだが、夜空にしては少々楽観的だなと、伊織はそれに少し違和感を抱いていた。

「合流ってのも難しいだろうが、例の子供探しに行くか。見つかったらあいつらに報告するぞ」

「あの…ぼく、その子まだ見てないから。特徴ってわかる？」

「ん？えーっとな……」

「はぁ……マジで見つかんない……」

「合流場所とか設定しといた方が良かったかもね。というかメールで送るべきだった説ある？」

「ある！！というか最初からそうしといて！！」

言われてみれば、メールなら後から確認できるのだ。そういう意味でも、メールで待ち合わせ場所でも伝えておいた方が良かったのではないかと、二人は痛む脚を引きずりながら少し後悔した。

「いや、それでも。双葉ちゃんがメールを確認できない状況なら、こっちから迎えに行かないといけないわけじゃん？」

「それならそれでマジでこんなとこいる場合じゃないですけどね……それに仮にもしモールの外に出ちゃってたとしたら、もうお手上げです」

「それは考えたくないねー。双葉ちゃんってば今どこで何してんだろ」

「そもそも、あれだけ小さい子を放っておくっていうのがもう、あたしら保護者として失格なんで。は～～～。完全にやっちゃったなぁ」

「そこはもう、会えるの信じて走るしかないよ。ほらもうちょっと走るよ雪穂ちゃん！」

「えー……」

「あ、でもさっき言ってたメールは一応しとくね」

「テンションの上げ下げ激しいですね！！」

一華の独特すぎる会話のテンポに、雪穂は相変わらずついていけない様子だった。

一華がメールを打ち込もうとスマートフォンを開くと、同じタイミングで雪穂のスマートフォンが鳴る。

どうやら電話のようで、かけてきたのは伊織からのようだ。

「もしもしー。伊織くんどうしたの？」

『あー。もしもし。その様子だとお前ら思ったより余裕みたいだな』

「いや別にそんなことないけど。そっちこそどうしたの」

『お前らが子供探してるのに協力する。夜空がどうもさっきからソワソワしててな。合流地点伝えるからそっちに行ってくれ』

「あー。うん、いいよ。それなんだけどさ……」

一華から聞いた合流地点に、伊織たちも一緒に来るように雪穂は要請する。

二手に分かれた方が効率が良いかもしれないが、モール内に悪魔が潜んでいるかもしれないともなると、ひとまずは固まった方がいいだろうという伊織の提案だ。

『とりあえず。子供の様子くらいはちゃんと見とけよ。それと。あんまり無茶すんじゃねーぞ』

「わかってるってばー。つーか心配してくれるなんて案外可愛いとこあんじゃん」

『そうやって茶化したら二度と心配してやらねえからな。ってそういう話じゃねえんだよ』

「じゃあどういう話なの」

『お前は独断専行で無茶しすぎなんだよ。言っとくが全部一人で背負い込むなよ。別に悪魔一人逃した所でお前の責任にはならねえからな』

「…って、何の話よ」

『黒崎さんからの伝言だ。この際だからはっきり伝えといてやる。お前ひとり無茶したところで、犠牲者が増えるだけだってな』

「………」

『そういうわけだから、早いとこ合流地点に来い』

「誰からだった～？」

「伊織くんからでした。伊織くんたちも来るって」

「そっか。それなら心強いね」

相変わらず、双葉の姿は陰すら見つからなかった。