第三十一話 不安
「ねえ、何で?何でわたしから離れたの?お姉ちゃんはわたしを裏切る気なの?ねえ?どうして?どうしてわたしから離れちゃうの?どうしていなくなっちゃうの?」
まるで壊れたテープを再生するかのように、双葉はうわごとのような言葉を、まくしたてるように雪穂に浴びせた。
「(やば……力……強……)」
首を絞められ、息が詰まり始まる。こうして首を絞められるのは二度目だが、嫌でも慣れたくないと思う程度には、嫌な感覚だった。
雪穂は全身の力を振り絞り、振りほどこうともがくものの、全くそれが離れる気配がない。
何より、双葉から浴びせられる呪詛のような言葉が、彼女の力を奪っていき、つい脱力してしまいそうになる。
「……双葉、ちゃん!!」
「お姉ちゃん?」
一瞬、双葉の動きが止まる。雪穂はその隙を見逃さなかった。
「ぷはぁっ!!まったく…いきなり首絞めてくるなんてびっくりしたんだけど?双葉ちゃんそんな乱暴なことする子だったっけ?」
「勝手にわたしのところからいなくなるお姉ちゃんが悪いんだよ?お姉ちゃん、さっきからずっと帰りたそうにしてた。本当はわたしといること、楽しいなんて思ってなかった。ねえお姉ちゃん、嘘はつかないでよ」
ギラギラといやに輝く瞳。雪穂は確信した。双葉は現在、悪魔に憑かれている。
考えもしないような最悪の展開だった。まだ悪魔がこのモールの中にいるというのに、更に悪魔憑きが、それも双葉がそうなってしまうとは。
「1回離れたとしても、また帰ってくればいいんだよ。あたしは約束したよ!」
「そう言って!!」
「お母さんもお父さんも、いなくなっちゃった。悪い子なわたしのことが嫌いだから、消えていっちゃったんだ!!」
「………っ!!」
そのまま、言葉に詰まって雪穂は何も言えなかった。
自分には親がいる。母親がいる、父親がいる。きょうだいこそいないものの、衣食住にも困ることがない自分は、それなりに「恵まれている」のだろう。
だからこそ、雪穂にはかける言葉が見つからなかった。
双葉の苦しみに、寄り添うことが出来ないのだ。
「ねえ、わたしとずっと一緒にいてよ。それがダメなら死んでよ。もう、勝手にいなくなる人を見るのは嫌なの。だからさぁ、ここでわたしと一つになろう?ねぇ?」
その言葉を聞き、雪穂はそのまま体勢を整える。
「……あーもう!結局こうするしかないのかなぁ!!!」
儀式具を取り出し、双葉の前に構える。
相手がたとえ妹のような存在であろうとも、悪魔が憑いたのならばそれはもう「敵」だと。
自分に言い聞かせ、双葉へと対峙することを決めた。
「覚悟、決めろ。覚悟決めろあたし!!!!」
しかし、儀式具による攻撃は、ほとんどが空を切った。
自分より身長の低い相手を相手にしたことがないのもあるが、何より相手が双葉であるのが、彼女の攻撃を大きく躊躇させてしまった。
「お姉ちゃん?何でわたしの方にそんなの向けてるの?お姉ちゃんはわたしのこと嫌いなの?」
なおも続く呪詛が、なおも集中力を大きく削ぐ。
「あたしだって、双葉ちゃんと戦いたくなんてないんだよ…!!」
「わたしだっていやだよ。お姉ちゃんのこと傷付けたくないもん。でもお姉ちゃんはそれでもわたしを傷付けるんだ?ひどいね。ほんっとうにひどいね」
にやりと、双葉の口の端が吊り上がっているのが、雪穂には見えた。
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「あっちゃー…雪穂ちゃんってばマジでどこ行ったんだろうな~~」
うっかり、目を離している隙に、雪穂のことも見失ってしまった。
四ノ宮一華は、自分の胸の鼓動が早鐘のように加速しているのを感じ始める。
迫りくる不安に、つい最悪の可能性まで考えてしまう。
「何かないといいんだけど……っ!」
現在地はショッピングモール4F。流石にこのフロアからは雪穂も先に出てはいないだろうと、一華はモール内を走り回る。
「すみません、こんな子見てませんでしたかっ!!」
「見てないねぇ。妹さんか何か?」
「あー…うん。そんな所です!」
「ああ。でも小さい子の方なら。この階で誰か探してるっぽいのは見たよ」
良かった。と、そっと胸を撫で下ろす。
「でも、なんだか様子がおかしかったね。なんかぶつぶつ言ってて、不気味な感じだったよ。妹さんならちゃんと様子見ててほしいね」
「………そう」
「ちょっとちょっと!まだ話は終わってないよ!?」
一華はそのまま、ダンと音を立ててから、何も言わずに駆けだしていった。
嫌な予感がさらにひしひしと増していく。
説明されたその状態は、間違いなく『悪魔に取りつかれ始めた人間』のそれだからだ。
そして、更にそうなったとするならばと、一華はもう一つ最悪の想像をした。
そう、襲いに来られるのは間違いなく、八坂雪穂。彼女しかいない。
悪魔に憑かれるような強いストレスにも、心当たりがある。
「……あーもう!結局こうするしかないのかなぁ!!!」
走り回っている最中に、聞き覚えのある叫び声がする。
間違いない。八坂雪穂のそれだ。
「…良かった雪穂ちゃんは無事…かどうかはわからないけど、とりあえずいそう!!」
彼女は走る。
人の多いショッピングモールでの全力疾走だ。周囲の視線をどうしても集めてしまうが、それすら気にしている余裕は一華にはなかった。
「お願い、間に合え……!!」
思考がクリアになるにつれて、ざわつく人々の声が耳障りになっていった。
行きゆく人を、煩わしい雑音を何とか振り払いながら、人の波をかき分け、それでも一華は前に進んでいく。
雪穂らしき影はそれでも見つからない。
もし遠くにいるのならばと、連絡でも取ろうかと携帯電話を取ろうとするが、もし緊急事態なら邪魔になるだろうという思考が、それを押しとどめた。
「ああああああああ……!!」
聞きなれた叫び声が、徐々に近づいていく。
「…あそこからか!」
走っていた足を止めてから、一華は物陰の中に、脚を踏み入れる。
鼓動は更に増して、早鐘のように激しい音を刻んでいる。
「………っ!!!!」
そこには、倒れ込みながら腹をナイフで刺され悶え苦しむ雪穂の姿があった。
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