第二十二話 帰ってきた日常
「……うげっ」
八坂雪穂は、帰ってきた自分の答案を見ながら顔を青ざめさせていた。
自分の名前の横には、48という何とも言えない数値の数字がでかでかと飾られている。
「前回、69点だったんですけど……」
今、彼女が目にしているのは数学のテストだ。
成績が落ちたのは数学だけではない。雪穂の2学期の期末テストの結果は、明らかに前回よりも低い数字を叩き出していた。
「風子ーー、風子はどうだったー?」
雪穂は縋りつくようにして、自分の隣の席に座る小柄な少女に点数を聞く。しかし、平静を失っていた彼女は明らかに聞く相手を間違えていた。
「数学?今回は96点でしたよん!雪穂はどうだった?」
「……あたしの2倍じゃん」
小声で呟いたそれを、風子は聞き逃さなかった。
「あれ、雪穂ってそんなに数学苦手だったっけ?」
「苦手、ってわけじゃないんだけど。色々あって勉強する時間取れなかったっていうか……なんていうか、その……」
「……むむむ」
風子が覗き込むようにして、雪穂の顔を見ている。
「どしたの……」
「いや、その色々あった、っていうのが気になってね。まさか親が病気になったとかそういう類ではないだろうし、雪穂帰宅部だから部活じゃないだろうしそもそもうちの学校はテスト期間部活禁止だし」
雪穂が困惑しているのをよそに、風子は推論を並べ立て始める。
「(ま、まあでも……いくら頭の良い風子でも……流石にわかんないか。あたしの事情)」
八坂雪穂は「悪魔祓い」である。
といっても、1ヶ月前まで彼女はそういった世界に足を踏み入れることはなかった。だが、ある日悪魔に憑かれてしまったことをきっかけに、それを抑えるのと代償に悪魔と戦う仕事を任されているのだった。
街に出現する悪魔の増加、彼女のことをつけ狙う謎の男の存在、それらから悪魔との戦いは激化し、ますます彼女の日常は非日常へと変化していった。
その結果何が起きたかと言われれば。
学業が少々疎かになってしまっていたのである。
テストの範囲を把握するだけで精一杯、勉強に取った時間も前回の中間の半分以下。
一部雄介や一華に助けてもらったところもあったが、それでも準備不足で挑んでしまったことに変わりはなく。
それがテストの結果という形で、如実に出てしまった。
しかし現在の彼女の思考は、テストの結果が落ちたことへのショック以上に、風子にどうやって悪魔祓いのことを誤魔化そうかという部分に終始していた。
綾崎風子は頭が良い。それは、雪穂も全く認めざるを得ないという程に事実であり。
だからこそ、彼女に対しての隠し事は、ほとんど不可能だと結論が出ていた。
だが、今の悪魔祓いについてのことは、彼女には絶対に隠さなければいけないと、雪穂は強く思っていた。
何せ、あの戦いの世界に巻き込まれでもしたら、自分以上に小柄で非力な彼女はどうにもならないだろう。
彼女には、戦う能力がないのだから。
「……なんか急に黙ったな?」
「うん、考え事してた」
「わたしを前に考え事とは、雪穂も随分えらくなったものですな~~え?」
頬をツンツンと突かれ、あまりのくすぐったさに、雪穂はそこまで考えていたことが、なんだかどうでもよくなるような気がした。
「えらくなったって、あたしら友達同士でしょーが」
「あっはは、それもそっか!!」
12月の中旬。本格的に冬になり、吐く息もすっかり白くなった季節。
ストーブで周りよりは少し温かい教室の中で、雪穂と風子は平和な時間を過ごしていた。
「それにしてももうすぐ冬休みだねー」
「ねー」
「冬休みどこか行く予定とかあるー?」
きっと休みなんてないんだろうなと内心ため息をつきながら、雪穂は風子の話に耳を傾ける。
「うーん、まだわかんない。うちのお父さんとお母さん、そういう予定突然言うからさ。心構え出来てないうちにいきなりだから困っちゃうよね」
「あー、わかる。でもうちはお正月帰省行くよ。岡山の方。雪穂はそういう予定ない?」
「あたしは全然。お母さんが親戚と仲悪いらしくてさ。そういうのちょっと羨ましいな。大変そうだけど」
「大変だよー。最近親戚の方のお姉さんに子供生まれてさ、正月集まるといっつも構われちゃって。チビってなんであんな元気あんだろうね」
雪穂は母方の祖父母の顔を知らない。
どうも、結婚する時にひと騒動あったそうで、そういう理由もあって全く顔を合わせたことがないのだ。
父方の祖母は、1年前に病気で亡くなってしまった。祖父に至っては、雪穂が幼い時にもう亡くなってしまっていたので、雪穂自身もどういった人物だったのか、もうほとんど思い出せなくなっていた。
楽しそうに親戚の話をする風子を、少しだけ羨ましいと思ってしまった。
「さあねー、うちらと違って遊ぶか寝るか食べるかしかやることないからじゃない?それにしても風子が子供に好かれるってなんかイメージ通りだわ。好かれてそうだもんなんか」
「そうかなぁ?でも将来いいお母さんになりそうねー、とかは言われたかな」
「あっはは、なんか想像できるわ」
きっと、この綾崎風子という少女は自分と違い、悪魔や何かといった出来事に巻き込まれず、平和に生きていくのだろう。
自分と歩む道が明らかに違っているだろうということを実感して、雪穂はなんだか何かに置いて行かれるような感覚を覚えた。
今確かに向き合って会話をしているはずなのに、まるで違う世界にいるような違和感。
「そうだ、今日テスト返しだけだし、午前で終わるから、昼ご飯一緒に食べに行かない?いいとこ知ってるよ」
「おっマジ?お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「奢らんよ?」
「くそっバレたか……」
幸い、悪魔祓いの稼ぎでそれなりにお金はあるので、むしろ自分が奢ろうというくらいの気分ではあったのだが、今更そんなことを言い出せるわけもなく。
眠くなるような先生の話を聞いてから、雪穂は風子と一緒に教室を出た。
きっとこの平和もつかの間のものなのだろうという気持ちを、胸にしまいこみながら。
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