金沢にて .2

衛が加納に連れられて、駐車場に行くと、黒いバンが止まっていた。車体に、『金沢いきいき不動産』とのラッピングがされている。


「相変わらず、趣味の悪い車ですね。社名、変えたらどうですか?」衛は遠慮のない口調で言う。加納とは長い付き合いなので、お互いあまり遠慮がない。


加納も「私に言われても困りますよ。親父に言ってください」と受け流す。加納は地元で数十年の歴史を持つ不動産屋の跡取りである。


余談だが、地域のまとめ役を担う魔術師には、不動産業に携わる者が多い。魔術師はとかく、土地に縛られるので、その地域に密着し、表裏のコネクションを駆使して、財を成してきたケースが多数存在する。


加納の一族もその典型で、表向きは市議会議員や県議会議員を輩出してきた地元の名家であり、裏では、地域の魔術師を統括している。もっとも、加納のような一族では、どちらの面が表で、どちらの面が裏か、という議論はあまり意味を成さない。どちらも、一族の歴史であり、両面とも加納自身のアイデンティティと深く関わる。


「それで、状況は?」車の助手席に乗り込んだ衛は、運転席の加納に尋ねる。


「悪いです」加納は車を発進させながら言う。「当初の想定を上回るスピードで攻略されつつあります」


衛は手帳を取り出して、情報を整理する。今日の午後に、加納から電話を貰って、そこで粗方の経緯は聞いていた。


「ええと、攻撃が始まったのは、今日の朝でしたよね?」


「そうです。朝になっても、阿久津あくつさんが起きてこなかったので、施設の職員が見に行ったところ、意識がなかったようで、こちらに連絡が入りました」


阿久津、というは、卑弥呼の回路のホルダーである。卑弥呼は巨大なシステムなので、一人でその回路全体を引き受けるには限界がある。だからこそ、卑弥呼の設計者たちは、システムを分割し、細かく分けた回路を各ホルダーに割り当てる形を取った。


阿久津は、北陸地域のホルダーであるので、彼女が持つ卑弥呼の回路が敵の手に落ちると、北陸全体で卑弥呼の結界が消失することになる。


「施設?あの婆さん、病院にでも入っているんですか」衛は阿久津と面識はない。しかし、人づてに聞くところによると、なかなか強烈な個性を持つ老婆らしい。


「いえ、昨年から老人ホームに入ってもらっているんです。もう90歳近いですし、その方が我々も管理しやすいですから」


「しかし、よく先方が承知しましたね。体裁は別にして、実態は軟禁に近いのでしょう?」


「人聞きの悪いことを仰る」加納は苦笑しつつ、「確かに、我々だけでは説得出来なかったと思います」加納は含みのある言い方をした。


「というと、何かしらの圧力が?」


「ええ、昨年、委員会から、阿久津さんの監視を強めるようにとの通達が」


「なるほど。となると、阿久津氏サイドにも、何かしらのプレッシャーが掛けられた、と考える方が自然ですね」


「ええ、阿久津さんは、こちらが拍子抜けするほど、あっさりと施設への入所を了承しました。まず、間違いなく、委員会の理事たちが、有形無形の圧力をかけています。事実、受け入れ先の老人ホームも委員会が指定したものですし、施設の職員として、数名の人間が委員会から送り込まれています」

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