③
……そして、半年程過ぎて現在に至る訳だが。
通い妻になります、とかどうとか言い出したのも、あれから程無くしてだったような。
そのきっかけはモテ非モテがどうだの、といったしょうもない雑談だった気がするが、細かいところはよく覚えていない。
多分、冗談の類だとは思うのだが……
遠慮がない彼女の距離の詰め方を見ると、勘違いしてしまいそうになる。
お隣さんという事もあってか……学業のスケジュールの合間を縫って、当人の発言通りに、遊びに顔を出すようになった彼女。
いや、何度も自重するようには言ったんだが。
結局ゴリ押されたというか何というか。
誓って未菜ちゃんにおかしなことはしていないけれど。
世間様に対して、それが言い訳になるかどうかは、怪しいところだ。
まあ、内実をばらせば今までの生活に、特に何をするでもなく、だらだらと未菜ちゃんと一緒に過ごす時間が加わった、というだけの事だったのだが。
初めの内こそ少々ぎこちなかったものの、一月程度でお互いに慣れてしまい……多めに作った食事を振舞う、という事も屡々。
先ほどの母方の祖母直伝だったらしい炒飯にしても、そのお返しという事らしい。
一応、食費については爺さん経由で、小奈叔母さんから貰ってるし……
別に……気にしなくてもいいって言ったんだがな。
ついでに言うなら、年頃の女の子を部屋に招くようになったお陰で、それまでどうにもさぼりがちになっていた部屋の掃除やら何やらに手を付けるようになったのは、良かったのか悪かったのか。
まあ……そんなこんなの今現在。
未菜ちゃんとはそこそこうまくやれているほうだ、とは思うのだが。
「いーかげんデレてくれてもいいんじゃないかと思うんですけどね。
聡也さん今、十九歳ですよね。年齢差も五歳以内ですし、合法ですよ、ごーほー!
……さっき作ったわたしのお昼ご飯、ダメでしたか?」
「いやご飯は普通に美味しかったよ。ご馳走様でした。
ただそれとこれとは、話が別なんです」
抗議の声を上げる未菜ちゃんに対し……俺は、官僚的な答弁で言葉を濁す。
これ以上距離感を縮められるのは、色々とよろしくないものがある。
だって
女は変わる、といった謳い文句を耳にしたことはあるが……未菜ちゃんは本当に綺麗になった。
本当に勘違いしてしまいそうだな、と自戒していたところに、
「そういえば……聡也さんはいつから、実家を出たんですか?」
むぅ、と頬を膨らませつつ、憤りをみせていた未菜ちゃんが……
ふと思い出したように尋ねてきたので、とりあえず答える。
「……ああ、その辺は聞いてないのか。
ここに入居したのは……一年くらい前、大学入る時かな。
未菜ちゃんと同じだよ。
爺さんと婆さんの家からだと、通うには遠くてさ。家賃安いとこ探したんだよ」
「いや、そうじゃなくてですね。
何で総一郎叔父さんの実家でお世話になってるのかなあ、って」
ああ。成程……そっちの方か。
「その辺の話は教えてもらえてないんですよね。
あの……総一郎叔父さんと真奈叔母さんと住んでいた家を出た理由とかって、聞いたらまずいですか」
あー、とがりがり頭を掻きむしりながら……
彼女が何を聞きたかったのかを理解して……どうしたものか、と考える。
あらゆる意味で、答えにくいものだったからだ。
いや……或いは誤魔化すのも、もう潮時なのか。
「それに、その……こっちもずっと気になってたんですけど。
のどねえ、じゃなかった。
……更には、暫く耳にしていなかった、聞きたくなかった奴の名前まで出てきやがった。
いや昔の話ではあるが……実家に未菜ちゃんが遊びに来た時、
「あんなに仲が良かったのに。えっと、いったい、なに、が――」
多分、今の俺はよほど酷い面をしていたんだろう。
未菜ちゃんは、やってしまった、とばかりに一瞬で顔色を変える。
彼女の言うように、今までは強引にでも話を逸らしていたから……誤魔化せていたものが、表に出てきてしまったらしい。
「ゴ、ゴメンなさい、その、もう聡也さんだって成人してるんだし、いろいろありますよね!
えっと、そう、デザート、デザートか何か作りましょうか。
聡也さん、ホットケーキ、イチゴジャムと蜂蜜で食べるの好きでしたよね。
材料、足りないから今から買ってきます。ちょっと待っててくだ――」
……まあ、確かにそれは、ガキの頃の――いや、別に今だって甘いものは嫌いではないけれど。
「なあ、未菜ちゃん」
慌てて、話題を切り替えようとする彼女の言葉を遮って、告げる。
「別に嫌だったら聞かなくてもいいし、このまま帰ってもらっても構わないんだが」
「……え」
ひょっとしなくても、距離を置かれるかもしれないが……
そろそろ区切りとしてはいい頃合いだろう。
「もし知りたいって言うなら、話すよ。
俺が家を出た切っ掛け――
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