不時着キキョウ便

「新郎の入場です」


 鬼灯に背中を押された川波が、少し光の漏れた扉を開くと、そこは夕陽が輝く公園だった。


 その光景は、とても美しく、それが絵という事を俺はその時、思い出す事すら出来なかった。


 まるで高校の時に戻ったみたいだった。


「錨くん、あの日みたいに誓ってくれる?」


 俺が柵に手を置き、夕陽を眺めていると、後ろから菫が花束を持ってやって来た。


「あぁ、俺と結婚してくれるか?」


「もちろん!」


 菫は涙で頬を濡らしながら、花束を放り投げて抱きついた。


 それから俺達はあの頃みたいに、2人他愛もない話をして笑い合った。


「ちょっと、もう帰るってよ」


 スタッフルームに戻った鬼灯が青園をゆすって起こそうとするも全く起きない。


「全く。ごめんね町田さん、先見送っちゃってて」


「……という事で青園先輩はこちらに来れません」


「そっかぁ、挨拶したかったんだけど、まぁ仕方ないか」


「最後にこちら私達花園から、2人の幸福を願って送らせていただきます」


 そう言って町田は白い花束を川波に渡した。


「ありがとう。青園にもよろしく言っといてくれ」


「すみません。最後に1つよろしいでしょうか?」


 町田は新婦がタクシーに向かったのを確認して川波に話しかけた。


「ん? 何か忘れてたっけ?」


「何で青園先輩を置いて行ったんですか?」


「置いてく? あー、あのデザイナーさんには言ったんだが、俺の家夜逃げだったんだよ」


 少し気まずそうに頭を掻く。

 この話をするといつも皆決まって同じ顔をする。可哀想、哀れ、そんなこちらを下に見た顔だ。


「そう、なんですね」


 だが、俺の前に立つ職員さんは今までの誰とも違う顔をした。


「その程度の気持ちの人間が青園先輩と付き合う。なんてことにならなくて本当に良かったです」


 その顔に浮かんでいたのは恐ろしい程柔らかな安堵だった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺と青園が付き合うって、一体何を言ってるんだ?」


「式も終わったんですし、もう良いですよね。今更しらばっくれないで下さい。青園先輩からの告白を無下にした事位、とっくに知ってますよ? その癖、まるで久しぶりに会った友人みたいな面して、恥ずかしく無いのですか?」


 顔は笑顔だが、その目は黒く濁っていた。


「先輩が許しても、私は絶対に許しませんよ」


「そもそもその前提が意味わかんないんだが、青園が俺に告白? 有りえない。だって青園が好きなのは俺じゃ無くて鬼灯って奴だぞ?」

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