ヤドリギは芽を伸ばす

 紙の擦れる音、くたびれた木の匂い、日差しに反射する埃。


 普段は外界から隔絶されたこの空間も、今日は珍しく外界からの声が微かに入り込んでいた。


 トッタッタッ


 そんな外界との境目をかき消すように階段から軽やかな足音が近づき、扉をガラガラっと勢いよく開けた。


「図書室では静かにお過ごしください」


「あっわりぃ」


 私が本から顔を上げると、真っ赤なクラスTシャツを着た茶髪の男の子が軽く息を切らして立っていた。


「なぁ、それ何て本読んでるん?」


 入口近くの椅子を受付前に持って来てそのまま座った。


「祭歌」


 私は無表情に冷たく彼をあしらった。


「へぇ〜どんな内容?」


「結婚式とかの行事の本」


「へー好きなの?」


 私の注意も近寄らせない態度も一切気にせずそう何度も聞いてきた。


—————————


「よっ、また来たぜ」


「全く、ここは本を読む場所よ?」


 私は軽く顔を上げてそう苦言を呈した。


 初めて会った時にはまだ残っていた緑も今はもう茶色に染まって、彼の制服は長袖の白シャツに変わっていた。


—————————


「今日は友達連れて来たんだ」


 学ランに変わった彼の後ろには長い黒髪の女の子と、顔に絆創膏や擦り傷のついた男の子が立っていた。


 彼が連れて来た2人は私にとって高校で出来た数少ない友達だった。


—————————


「今日はありがとう」


「青園……」


「どうかした?」


「いや、何でもない、じゃあな!」


 買い物に行った帰り、家の前で紙袋を持った私にそう言って、彼は俯いたまま走って行ってしまった。


 何だっんだろうと思ったが、明日聞けば良いだろうと私は玄関の扉を閉めて家に入った。


 しかし次の日、彼は学校に来なかった。


 その次の日も、次の日も次の日も。


 何度も朝が来ては彼が教室に居ない事。図書室に来ない事を確認してはまた朝になっていく。


 次の日も、次の日も。


 ジリリリリリリ!!!!


 けたたましく叫ぶ目覚ましの声で私は本当の朝を迎えた。


「またこの夢。いい加減嫌になるわ」


 私はアラームを止め額の汗を拭うと、この嫌悪感を洗い流すべく洗面所へ向かった。


『小惑星ルマネに向かう調査機レイの発射からもう早3年の月日が経とうと———』


 私はシャワーを終えると点けていたテレビを切って、スーツに着替え、ポストに届いていた封筒を握りつぶし、玄関で黒いコートを羽織って式場へ出掛けた。

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