ポピーはまだ覚めない

「本日はよろしくお願いします。担当させて頂きます青園と町田です。新婦様はこちらへお願い致します」


「新郎様は私に着いてきて下さい!」


 町田さんが行ったのを確認して私は新婦を連れて化粧室へ歩いた。


「本日はご結婚おめでとうございます。お化粧直しても宜しいでしょうか?」


「うん、お願いします」


「では、こちらにお座り下さい」


 新婦様は緊張した面持ちで鏡の前の椅子に座った。


「旦那さんとはお付き合いして長いんですか?」


 新婦の緊張をほぐす為、意識して明るい声で話しかけた。


「2年前から付き合ってたよ、私はさっさと結婚して良かったんだけど、結婚は二十歳になってからって聞かなくて」


「とても大事に思われてるんですね。告白は奥さんからなされたんですか?」


「なんとあっちからしてきたの! それまでは妹みたいな扱いで、そんなそぶり微塵も無かったからそろそろ諦めなきゃかなって思ってた所だったからさ、家に着いた途端に日常会話みたいに付き合おうって、もう、色んな意味でびっくりだったよ! ってこの話は内緒なんだった! 誰にも言わないでね?」


 しーっと指を口に当ててまだ幼なさ残る顔立ちでにこっと笑った。


「はい、もちろんです」


「ありがとームードも何も無かったけど、素直に言葉だけで気持ちの全てを伝えてくれて、私はそれがすっごく嬉しかったんだぁ」


「それは、とても良いですね」


「えへへ、そうでしょ」


 私の言葉に新婦の頬が少し赤くなり、幼さの残る顔で微笑んだ。


 ザザッ


『新郎準備出来ました!』


 町田さんのノイズ越しでも分かる程明るい声で通信が入った。


『じゃあ先向かってて貰える? こっちもそろそろ向かうから』


 町田さんとの無線を切り新婦へ向き直った。


「では、そろそろ式に向かいましょうか」


 涙を流すお父様へ新婦を引き渡し、そのまま両開きの扉を町田さんと2人で開く。


 扉の先、式場は新郎新婦のオーダー通り、深海の様に蒼く輝いていた。


「凄い、バッチシですね!」


 隅へ移動すると、町田さんがそそくさと寄って来た。


「えぇ、お客様が満足してて良かったわ」


 深海を歩く新婦の姿は人魚姫と見間違える程美しかった。


「次は披露宴の準備ね」


「はい!」


 結婚式も半ばで、まだ2人の式を見ていたいが、仕事だから仕方ない。私達は披露宴の準備に取り掛かった。


「町田さん達はじゃんじゃん料理運んで来て、私も機材の準備終わったら手伝うから」


「はい、行ってきます!」


 披露宴の準備は毎回大慌ての重労働だ。何十人分の料理をたったの2人で1階の厨房から2階の宴会場まで運ばなくてはならないのだから。


「に、2週目行ってきます……!」


 私はドタドタと廊下を走る音を聴きながら、会場の隅から取り出した映像機器の取り付けを始めた。


「ふぅ」


 モニターとマイク、カメラ等の機器を取り付けると、タイミング良く扉がキィ……と開いた。


「町田さん? 随分速いわね。新記録なんじゃ無いかしら」


「ままぁどこぉ?」


 町田さんにしては明らかに幼すぎる声に振り返ると、扉の前に居たのは顔を涙で濡らした緑髪の少女が立って居た。


「あれ、四葉よつばちゃん? こんな所でどうしたの? もしかして迷っちゃった?」


 四葉ちゃんは静かにこくりと頷いた。


「そっかーじゃあ、一緒にお母さんの所行こっか」


 私は宴会場を見廻し、残ってる仕事を確認して携帯を取り出した。


「もしもし? ごめんね、ちょっと用事出来ちゃって、代わりに設営お願いしても良い? ごめんねー。うん、後は料理並べて機材片すだけで大丈夫だから。ありがとう。じゃあね」


 私は携帯をしまい四葉ちゃんを抱っこすると、エレベーターを使って一階へ降りた。


「あっち! おにわ?」


 人の体温で安心したのか、少し元気になってきた四葉ちゃんがそう言って中庭を指差した。


「そうだよー戻る前に少し見て行こっか」


 私は一階エントランスの左にある中庭へと向かった。


「よいしょっと、四葉ちゃん。ちょっと待っててね」


 私は四葉ちゃんを下ろして、近くに咲いていたシロツメグサを摘み取った。


「これを、こうして、ほらお花の冠だよ」


「わぁ! かんむい!」


 私は昔やったみたいにシロツメクサで花の冠を作ると、四葉ちゃんの頭に被せた。


「きえい!」


「うん、綺麗だねー。四葉ちゃん。お姫様みたいだよ」


「あいがとう!」


 それから暫くキャッキャと喜ぶ四葉ちゃんを眺めていると、四葉ちゃんはピタッと止まってこちらに戻ってきた。


 くぅ~。


「ん?」


「おなかすいた……」


 近づいてきた四葉ちゃんのお腹から子犬が甘えるような音が発せられた。


「もうお昼過ぎてるもんね、何食べたい?」


「おむらいす!」


「よし! じゃあそろそろお母さんの所に戻ろっか!」


 私はまたよつはちゃんを抱っこし、今度は中庭から見て右の通路の奥にある厨房の扉を開けた。


中城なかじょうさん。オムライス1つ追加で作れますか?」


 中城さんは、この式場の料理を全てたった1人で取り仕切っている料理人で、普段は料理を終わらせると、調理室手前半分を改造して作った軽い休憩室でどっぷりと椅子に座って新聞紙を読んでいるのだが、今日はあちらこちらをうろうろと特に何をするでもなく動き回って居た。


「オムライス? こっちはそれどころじゃないんだよ、って」


「まま!」


「四葉!」

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