小西荘と愉快な住人たち
蜜蜂計画
Opening theme 遠い昔の記憶
「ただいまー!」
夏の茹だるような暑さの中とは裏腹に1人の少女の元気な声が家に響き渡る。
ガシャガシャと立て付けの悪い引き戸を慣れた手つきで開けながらその少女は家の中に入る。
いつも以上に家の中はしんと静まり返ってしまっている。
この家のオンボ…古さと相まって昼間なのに何か霊的なものが来るのではないかと第六感が身構えてしまう。
「あれ?おとうさーん!どっか出かけちゃったのー?」
少女は彼女の父が今日は仕事が休みだということは知っている。
そんな休みの日は我が父は大抵自分の部屋か居間でのんびりしているかの二択で、彼女が帰ってきた時は必ず彼がいるときは時彼女に『おかえり』と声をかけるという習性を知っている彼女にとってはちょっとした異常事態でもあった。
居間で寝てるのでは?と考えゆっくり物音を立てないようにそーっと居間に足を運ぶ。
そんな努力も虚しく、床板からはきいきいと情けない音が廊下に響き渡る。
けれども、物音がしていないということは父親が起きていないという証拠でもある。
それだったら思いっきり脅かして起こしてやろうという悪戯の心が芽生え、その少女は可愛らしい不吉な笑みを浮かべる。
「わぁ!」
思いっきり恐ろしく大きな声を出したつもりだったが反応は何にもなかった。
そこにも父はいなかったのだ。
その代わりに少女はあるものを見つける。
綺麗な木目調の額縁に飾られた一枚の写真だ。
少女はその無邪気な顔でその写真をまじまじと見る。
ここの家が背景のその写真には若かりし時の両親が写っていった。
他にも、母親と同じくらいの年齢の女子高生らしき女性が4人写っていた。
父親は『写真なんてくだらない』と言わんばかりのむすっとしたブルドックのような表情で腕を組んでカメラを向いている。
母親はそんな父親の隣でこれ以上ないほどの豪快な笑顔で腕を父親の肩に乗せ思いっきりピースサインをカメラに向けている。
他の4人もポーズや表情が全てバラバラだし、カメラさえ向いてない人だっていて、これを大切に保管している我が父のセンスを疑うほどだった。
もっと良い写りの写真ならいっぱいあるはずなのに。
けれども、子供ながらにしてわかったのにはそこには計り知れないほどの幸せが溢れ出ていることはすぐにわかった。
自分もこの写真と同じ風景を見れたらよかったのになと少し羨ましくなってしまった。
少女がこの写真をまじまじと『鑑賞』していると横から声がかかる。
「お、先に帰ってたのか。俺が先に帰ると思ったんだけどな。少し事務所の方に行ってたのさ。大事な書類をこっちに持ってくるのを忘れてたからね」
ド派手な短パンにTシャツというラフな格好で現れたのはその少女の父だった。冷蔵庫の中にあるアイスをゴソゴソ探している。
写真の中の父とあまり変わっていないということに驚きを覚える。
母親はあんなに老けてしまったのに…
「お父さん、この写真っていつとったの?」
写真を見ながらその少女は聞く。
「ああ、そこの記念写真?大体15年以上前かな?まだお前が生まれるずっと前さぁ」
無事にアイスを見つけてソファにどっぷりと座り込む父は目を閉じながら少し過去の記憶を探るように答える。
「ここにいるのお母さんだよね?」
写真の中の5人いる少女の1人を指差しながら再びその少女は父に質問する。
「おう、そうだな。まだ俺たちが結婚する2年か3年くらい前だったな、確か」
「へー!おとうさんとおかあさんてどうやって出会ったの?」
その少女は両親の馴れ初めに興味津々だった。
「えぇ?お前、こんなおっさんとおばさんの馴れ初め聞きたいか?」
めんどくささと少しの恥じらいが混じったその声色で返す。
「うん!すっごい気になる!」
少女の目はとてもキラキラしていて、早く話せと言わんばかりの目で父を見ていた。
「はぁ〜〜」
「しょうがねえなあ。じゃあ話してやるからそこでまっとけよちょっと荷物自分の部屋に置いてきてから話してやるから。って言っても初めに話すのはお前にとってのおばあちゃんの話になるけどな」
「わかった!」
少女はおとなしくまつ………なんてことはできなかった。
父の口から祖父母、ましてや祖母の話なんてすることはほとんどなかったからだ。
今日初めて自分の知らない祖母の姿が見れるのかもしれない。そうわくわくしながら父が居間に戻ってくるのをソワソワ、キョロキョロしながら待つ。
数分もしないうちに戻ってきたが、彼女はその数分がとんでも長く感じられた。
「遅い」
少女は待つのが辛かったのか苛立ちを示していた。
「まぁそんな怒んなって。今からたっぷり両親の馴れ初めと祖母の話をしてやるから」
その目はさっきのテーブルの上に置いてあった写真を写していた。
過去を振り返った上でのいろんな表情が一瞬見えたような気がした。その表情は苦悩にも喜びにもとれるような哀愁漂うような切ない顔にも見えた。
そして数秒ほど瞑目してから話を始めた。
「これは俺が大学2年生、ちょうど20歳の時の話なんだが——」
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