Nr.16 大脱出 ——グレート・エスケープ

 謎の女の子が扉を開けてくれたおかげで私と架音かのんさんは外に出る事ができた。


「あ、あなたは?」

 

「今は説明している暇はありません。天狗の一族……とだけ言っておきましょう」

 テング……て何だろ。


「わあ、天狗さん!」


 架音かのんさんはテングとやらが何か知っている様で、顔がぱあっと明るくなる。

「天狗さんて、本当にいたんですね!兄に昔から聞いていましたけど、実際にお会いするのは初めてなんですあたし」


「そ、そうですか」


 架音かのんさんの純粋な眼差しを受けてテングの一族の女の子は照れたのか軽く下を向いている。


ちなみに、そんな会話をしながらも私たちはフィーネの案内で廊下を走り続けている。


「でも、天狗さんって地球以外にもいたんですね。あたし、日本にしかいないのかと思ってました」


「それは違いますよ」


架音かのんさんは器用に走りながらもテングの女の子に質問している。

テングはテングで、律儀に質問に答えているみたい。


「天狗……とは〝そら〟を駆ける〝いぬ〟と書く通り、太古よりこの銀河の各地に居るのです。日本書紀では〝あまきつね〟と呼ばれてまるで隕石の様に描かれていますが、私の先祖が地球に初めてやって来たのは、その時代の頃なのです。その後も、今昔物語集には柿の木の上に現れたり、天竺に現れたりする天狗の話が遺されています。今の天狗の、修験僧のイメージが定着したのは、かなり後なのです」


「そうなんだ……天狗さんて昔から色んな所にいたんですね」


「ええ、そのあたりの話は、また今度ゆっくりしましょう。今はここを脱出することを考えましょう」


「うん」


 私たちは走り続けていた。ひとしきり進むと、先の廊下が左右に分かれている。


「アリアさん、この先は右ですわ」


「右だって」


「では、私は左を行きます」


 フィーネの指示を皆に伝えると、テングの女の子だけ別の廊下に向かって進んで言ってしまった。


「なんで?」


 女の子は一度立ち止まり、振り向いた。


「私が囮になって追っ手を撹乱します!その隙に二人は外に逃げて下さい!」


「でも、あなたは?」


「私は天狗の一族、大丈夫です。この程度でやられたりはしませんよ。それに私は忍びの技を会得しています。一人なら簡単に身を隠す事が出来ますから、あなた方が脱出した後で私もここを離れます」


 テングの女の子はにこっと笑った。その瞳には、固い決意を感じる。

 今はこの子を信じて、任せるしかない。


「分かった……行く前にあなたの名を教えて」


「……笙歌しょうかです」


「ショーカさん、死なないで。また会いましょう」


 ショーカさんはこくりと頷くと、廊下の奥に走り去って行った。


 すぐにショーカさんの去った方から大きな爆発音が聞こえた。ショーカさんが囮となって大きな音のする癇癪玉ボムを使っているのか、それとも敵に攻撃されているのかここからでは分からない。


 でも、わざわざ囮になってくれているのだから、今はそれに応えて逃げるしかない。

 私は架音かのんさんの手を取った。


「行こう、架音かのんさん」


「はい!」


 私達は再び走り出す。角を曲がった後は通路は一方通行で、ひたすら直線を走っていく。


「アリアさん、向こうにドアが見えますか?」

 フィーネの声が通信機から聞こえる。


「ドア……あ、あった。通路の突き当たりにドアがある」


「わたくしが遠隔操作でそのドアを開けますわ。その向こうは外のハズですわ」


「やっと、外に出られるのね」


「ええ、もう少しの辛抱ですわ」


 私と架音かのんさんは速度を上げて廊下の突き当たりに辿り着くと、ドアを勢い良く開けた。


 視界に、青い空が広がっている。絵の具を混ぜた水が入ったバケツを思いっきりぶちまけた様な澄んだ青い空だった。ずっと灰色の廊下にいたから青い空が眩しい。


 ……なんて詩的な事を考えてる場合じゃなくて、空の下は開けた広場の様な場所だった。玄関らしきものは見当たらないから、ベルカントの裏口から出たみたいだ。


 そして、目の前には銃を構えたスーツ姿の男達が、ずらっと並んでドアから出て来た私たちを待ち構えていた。


 そう、私たちは待ち伏せされていた。

 私と架音かのんさんは両手を上げ、抵抗の意思がない事を示す。


「フィーネ……敵が待ち伏せてたんだけど」

「あ、あら、ごめん遊ばせ」


 さらに、私達が出て来た後ろのドアが開いて、もう一人、スーツ姿でサングラスをした男の人が入って来た。

 ……さっき見た架音かのんさんのプロデューサーだ。


「やれやれ……言ったでしょう、逃げるのは不可能だと……こちらも暇では無いんですよ」


 プロデューサーは完全に勝ち誇ったとばかりに口の端が吊り上がっている。


「さ、二人ともおとなしく部屋に戻って下さい。今度こそ、二度と逃げない様にその通信機も渡してもらいますよ」


 じりじりと近づいてくるプロデューサー。

 これは……いよいよ絶対絶命……私はガックリと肩を落として、ごめんねと架音かのんさんに誤った。


 ……と言うのはもちろん、敵を騙すためのはったりだった。


 私とフィーネには、この状況は全然想定内。


 ここからが私達、宇宙女猫コズミック・ミーチェの本領発揮だからねっ!

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