第45話 アンドロイドだもん

 結局、成生の家で日が落ちるまで夏休みの宿題をやった海陽みはる。集中してやったお陰で進んだのか「これで終わりが見えてきたから」と、三人とも帰るという。

 今日は成生とリリアで三人を駅まで送ることにした。


 改札口で三人と別れた成生とリリアは、帰途につく。二人は手を繋いで、住宅街を歩いて行く。思うよりも大きなリリアの手に包まれているような感覚になる。実に心地いい。


「成生さん」

 途中、リリアが話を切り出した。

「なに?」

「今日は海陽さんと楽しそうでしたね」

「楽しそうだったって言うか、十勝さんと門出かどでさんにイジられていたというか……」

「私といる時は、ああいう感じでは無いですよね?」


 成生と繋ぐリリアの手に力がこもる。少し痛いが、それを言えないような重い空気を感じた。


「私は――私とは、楽しく無いのでしょうか」

「そんなことはない!」


 思わず、ちょっと大きな声が出てしまった。


「リリアさんと出逢って、今まで体験出来なかったことをいっぱいやっているし、海陽さんたちとああやって話が出来るのも、リリアさんが海陽さんと友達になってくれたおかげだよ。リリアさんには感謝している。楽しい毎日を送れていることに」

「最近、私との会話が減ってますよね?」


 リリアの手は、さらに力がこもる。すごく痛い。でも、言い出せない。


「今は照日ちゃんもいるしね。照日ちゃんは、すっごくしゃべるし」

「だとしても、私だけを見ていて欲しいです」


 重いな……。物理的な意味じゃなくて。

 そしてますます力のこもるリリアの手に、成生の手が限界を迎えそうだ。絶対に逃さないという、強い意志を感じる。


「私はこれまでも。そしてこれからも成生さんが好きですからね」

「ああ……」

 成生は生返事。

 手が痛いからではない。ちょっとリリアが怖く感じてきていた。


    ☆


 そして夜も深くなってきて。

 成生と照日がいつものようにお風呂へと入る。見た目が小さな女の子の照日とお風呂という、この環境に慣れてしまった自分が怖い。


 今は湯船で照日と二人きり……。ここならリリアに話を聞かれない。

 照日に相談するチャンスだと思った。


「照日ちゃん」

「なに? なりお兄ちゃん」

「最近ね。リリアさんの俺に対する好きが強すぎると思うようになったんだ」

「? いいことじゃない? なにがイヤなの?」

「うん。でも最近は他の女の子に嫉妬するようになったし、さっき駅からの帰りもギューッと手を握られてて、手が壊れるかと思うぐらい痛かった」

「リリアお姉さまに『痛い』って言えばいいのに」

「言えなかったよ。リリアさんに悪い気がして」

「なりお兄ちゃんは優しすぎるなぁ……。ま、そういうところが好きなんだけどねー」


 照日はさらりと『好き』と言ってのける。リリアとは重さが違う。


「多分ねー。リリアお姉さまには好き好きリミッターが付いてないんだと思う」

「なに? そのヘンな名前のヤツ」

「苦情はリノお姉ちゃんに言ってよー」


 開発者であるリノさんが考えたのか……。分かりやすいけど、そのセンスはどうかと思う。


「るーたちはおにいちゃんのところへ行く時、おにいちゃんへの好感度が高い状態で行くんだ。マックスじゃないのは、二人で最高値まで高めてね、ってことらしいんだけどー」

「そうなんだ」

 あんまり知りたくない裏事情のような気がするが、高い状態じゃないと彼女としてやってくる方も困るのだろう。仕方無い。


「その好感度は一定で止まるようになってるんだ」

「なんで?」

「るーたちはいくらお兄ちゃんを好きになっても、結婚まではできないから。だって、アンドロイドだもん」

「そっか……」

 忘れそうになるが、リリアや照日は彼女型アンドロイド。転校……もどうやったのか分からないが、さすがに結婚まではどうやっても出来ないのだろう。


「だから好きになりすぎないようになってるんだけどー、リリアお姉さまには限界が無い。どこまでもどこまでも、なりお兄ちゃんを好きになっちゃう。それが今の状態なんじゃないかなー? 好きすぎて独占したい! って気持ちなんだと思う」

「照日ちゃんはどうなの?」

「んー、独占したい! とまではいかないかなー。お兄ちゃんはるーを独占したいと思ってる人もいたけど。ま、だいたい途中で別れちゃうけどね。次にまたいいお兄ちゃんに会えればいっかー! って思っちゃう」

「割りきりが凄いな……。俺、どうすればいい? このままだと、また女の子が怖くなりそうで……」

「人間の彼女を作る」

「は?」

「人間の彼女を作る」

「はぁ?」


 念の為に聞き返してみたが、同じ回答が返ってきた。そうじゃない、訊きたいのは。


「聞こえなかったんじゃない。何を言ってるか分からない」

「人間の彼女を作るんだよ! るーたちはお兄ちゃんに人間の彼女ができたら、身を引くように作られているんだー。だから、彼女を作ればいいんだよ」

「それは、リリアさん知ってるの?」

「うーん……ハッキリは知らないんじゃないかな? るーはリリアお姉さまから色々改良されてるって聞いたし、それは二人目のお兄ちゃんの時にリノお姉ちゃんから聞いたんだ。それから、るーは毎回お兄ちゃんが人間の彼女を作るように応援してるんだけどー」

「そうなんだ。照日ちゃんは、実際に身を引いた?」

「んー……今まで、お兄ちゃんが彼女を作る前にいなくなっちゃうからなぁ……」

 照日の彼氏で無事だった人はいないのか……。それはそれで恐ろしいな。


「しかし彼女かぁ……。それがいないから、俺はリリアさんみたいな人と一緒にいるのでは?」

「でもさ、なりお兄ちゃん。リリアお姉さまと出会ってから環境が変わったんじゃない?」

「確かに。さっきみたいに部屋に女の子がいっぱいいるなんて、人生で起こるとは思ってなかった。リリアさんと出逢わなかったら、絶対に無かったよ」

「でしょでしょ? なりお兄ちゃんは変わったんだから、好きになってくれる人だっているよ」

(みはお姉ちゃんとかね)

 そのことは言わないでおく照日。


「だけど俺、姉ちゃん除いたら知ってる人間の女の子が三人しかいないんだけど。海陽さんたちから彼女作るの?」

「どうだろうね。なれたらいいよね」

「うーん……」

「みはお姉ちゃんたち、嫌い?」

「いや。門出かどでさんは優しいお姉さんって感じがして、素敵だと思う」

「おっぱい大きいしね」

「あ、うん。まあ。で、十勝さんは最近俺をイジってくるけど、姉さんって感じがする。桜音おと姉ちゃん系統だよね。姉ちゃんほど怖くはないけど」

「やっぱり、おっぱいはあった方がいい?」

「別に……。おっぱいに惚れる訳じゃあないし。最後に海陽さんは……なんだろう。弟たちのいるお姉ちゃんだからか、面倒見はいいんだよね。この前も泳ぎを教えてくれたし。けど、なんかほっとけないんだよなぁ。こう、目が離せないというか……」

「ちっちゃいから? 背はるーより少し大きいぐらいだもんね」

「それもあるのかなぁ。動きはかわいらしいよね」


(なりお兄ちゃんの、みはお姉ちゃんへの評価は高いなぁ)

 海陽は他の二人よりも知り合ってからの時間が長い。その分もあるのかもしれない。

 照日は海陽が成生に好意を持っているのを知っている。


(ということは……うまくやればくっつくんじゃない? これなら問題も解決して、なりお兄ちゃんもみはお姉ちゃんもハッピー! るーもハッピー!)

 照日がそう考えるのも、当然である。自然と口元も緩む。


「照日ちゃん。なんかヘンなこと考えてない?」

 照日の後ろにいる成生は、後ろからでもそんなことを考えているような空気を感じた。


「ううん。女の子が怖いと思ってたなりお兄ちゃんが、本当の彼女を作りたいというところまで成長したんだなーって思ってたところ。るー、初めてかも」

「――話したっけ? それ」

「るーたちがお兄ちゃんのところに行く前は、その人のこと調べてるんだ。変な人だったら、るーたちが困るからね」

「そうなんだ……それなのに照日ちゃんのお兄ちゃんたちは、あんな最期なの?」

「うん。なんでだろうね? で、るーがなりお兄ちゃんのところに来た時に、リリアお姉さまからお兄ちゃんのデータは共有させてもらったんだー。だから少しでも怖くないのを教えるように、こうやって一緒にお風呂入ってるんだけどー。これも効果あったんじゃない?」

「え!? そうだったの?」

 そっちの方が驚きだよ。


「もっと女の子に慣れたいなら、手を出してもいいよ? るーはオッケーだから」

「俺がオッケーじゃない!」

 照日に手を出したら終わりだと、成生はずっと思っている。それに、小さな子に手を出すような趣味は持っていない。


「お兄ちゃんは悪い人じゃないから大丈夫。あとは、誰が好きか気付くだけだよー」

「それが分かればねぇ……」


 こうして本当の彼女を作る事になった成生。

 夏休み明けにああなるとは、この時思っていなかった。

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