第43話 好きですから。これからもずっと……
盆も過ぎても、まだまだ暑い。暑いというこの字自体すら、暑苦しく感じる。
なのに、夏休みの終わりが一歩、また一歩と近付いてきている。休みというものは、いつも時間が経つのが早すぎる。
こんな時期、成生の部屋では……。
「なりお兄ちゃん。夏休み終わったら体育祭だね-」
部屋入口のドア前に立つ照日が言う。
「ああ……」
成生は照日から目線を逸らして答えた。
「るー、体育祭は初めてだから楽しみー。準備もカンペキ!!」
「そっか」
「――ねえ、なりお兄ちゃん。なんでヘンな方向を向いてるの?」
「だってそれ、うちの学校の体操服じゃない!!」
照日が着ているのは体操服。トップスは確かにうちの学校の体操服で間違いない。
だが、ボトムスは紺色のブルマだった。ピッタリとお尻のラインに貼り付くブルマからは、照日の細くて白い脚が伸びている。
こんなの……直視なんて出来るわけがない。
「またまたぁ~。うれしいくせにー」
「どうしたらいいか、困ってる」
「あ、ハミパンしちゃってた」
その言葉に、成生は思わず照日の方を見てしまった。
照日と目が合う。照日はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
――やられた!
「うっそーっ! にしし」
そう言って、照日はブルマの裾に指を入れて引っ張る。本当にウソだったのか、本当にはみ出していたのか、今となっては分からない。
「なりお兄ちゃんはえっちだなぁ……」
「あんなこと言われたら見ちゃうよ」
突然、ドアが開いて照日のお尻に当たる。
「いてっ!」
「あ、すみません」
入ってこようとしたのは、リリアだった。
「みなさん。冷たい物をお持ちしました。休憩にしませんか?」
部屋に入ってきたリリアは、アイスココアが載ったトレーを持っていた。トレーの上のコップは四つ。
この部屋には四人いる。
「うわぁ……。もう頭がパンクしそうだよぉ……」
四人目は、成生と照日の間でずっと宿題をしていた、
もう夏休みが終わりに近いというのに、海陽の宿題はあまり進んでいなかった。そこで海陽は、成生を頼って家に来ていたのである。
成生の家に行く口実でもあったが。
海陽は一旦休憩。
「ナリオくんたちは宿題終わってるの?」
「まぁ。厳しいリリア先生のお陰で」
リリアが毎日成生や照日に宿題をさせていた。なので、三人とも夏休みが終わる前に宿題が全部終わっている。
「いいなぁ。写させて!」
「どうしよう」
「ダメですよ、成生さん。海陽さんのためになりません。海陽さん、自力で終わらせて下さい」
「な? 厳しいだろ? リリア先生」
「うん……」
短い休憩が終わって海陽が宿題を再開した時、インターホンが鳴った。
「誰だ? 姉ちゃんならいつの間にか勝手に入ってくるはずだが……。勧誘か?」
インターホンのモニターを見ると、
「大将、開いてる?」
そこに映っていたのは、こいぬだった。
「セトちゃん、ちゃんとやってるぅ? 遊んでない?」
海陽と仲のいい二人が成生の家に来たのである。
――いや、待て。
「え? なんで二人ともウチを知ってるの?」
「海陽に聞いたから。元口くん、入れて」
「入れて入れてぇ」
そう言ってインターホンのカメラにグイッと近付く二人。
「ああ、もう。今開けに行くから、待ってて」
こいぬと有を部屋に迎え入れた。リリアは二人の飲み物を持ってくるため、一階にいる。
狭くも無いが広くも無い部屋に女の子が四人。なかなかの密度だ。すごくいい香りがする。
この部屋に初めて来た二人は、部屋を見回していた。
「へぇー。これが元口くんのお部屋」
「案外キレイじゃなぁい」
「それじゃあ早速……」
と、こいぬはベッドの下を覗き込んだ。
「えっちな本探しを」
「無いよ!」
そんな分かりやすい場所には。
「男の子なら持ってるでしょ? それとも画像? どんなジャンルが好き?」
「それは……」
ここで言っていいものか。女の子だらけの、この部屋で。
「あのね。なりお兄ちゃんは、お姉さんモノが好きだよ」
照日がさらーっと言ってしまう。
なぜ知ってる?
「へぇー。そういえば、海陽がお姉さんいるって言ってたね。お姉さん、好きなの?」
「別に……。すぐべたべたしてきてうざいし」
「『すぐべたべたしてきて』ってことは、何度もべたべたされてるんでしょ? 拒絶してないってことは、嫌いではない?」
「まぁ……」
こいぬには、全てを見透かされているような気さえしてくる。
女の子、怖い……。
「どういうお姉さんが好きぃ?」
今度は
「こんな感じぃ?」
近付いてきた
「なりお兄ちゃん、うれしそう」
顔に出しているつもりはないが、照日には分かるっぽい。
「こいぬさん。有さん。飲み物お持ちしました」
トレーにアイスココアの入ったコップ二つを載せたリリアが帰ってきた。
二人はリリアからコップを受け取る。有は当然成生から離れてしまい、ちょっと残念な気持ちになる成生。
「……」
コップを二人に渡したリリアが、ジーッと成生の方を見つめてくる。
なんだろう。何も言わないのが怖い。
なんだか、この場にいづらくなってきた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
そう言って成生が廊下に出て少し歩くと、
「成生さん」
手にトレーを持って追いかけてきたリリアが、小さく声をかけてきた。やっぱり何か言いたかったのか。
「なに?」
リリアの方へ振り向くと、リリアはそのまま抱きついてきた。
「え?」
そしてリリアは成生の後頭部を、トレーを持っていない方び手でそっと撫で出した。
「有さんがしているのを見て成生さんが嬉しそうだったので、私もやりたくなりました」
リリアが耳元でささやく。息がかかって、少しくすぐったい。
「嬉しい、ですか?」
「ああ……」
照日が来てから、リリアは嫉妬を見せるようになっていた。それは何度か感じていたが、今回は有への嫉妬心から同じようにやってきた訳だ。
リリアが少しずつ学習しているのを実感したのも嬉しいし、まだ力加減は学習していないのかリリアの柔らかな身体が思いっきり押し当てられてるのも嬉しい。
こうやって距離感が近いと、好かれていると実感する。
「私、成生さんが好きですから。これからもずっと……一緒にいたいです」
そう告げると、リリアは成生を解放して階段を降りていった。
嬉しい。確かにそうである。
好かれるのは悪く無いが、それが行きすぎるとちょっと怖いと思い始めた成生であった。
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