第38話 極秘のデート作戦

「どうして、こうなった……?」

 成生はつぶやいた。


 ここは繁華街に有る公園。

 木々に囲まれる中、成生はベンチに座っていた。見上げると、高い駅ビルや商業ビルの延長線上に、どこまでも青い夏の空が広がる。その青さがまぶしすぎた。


「成生さん。この街には色々なお店が有るのですね」

 成生の右側に座るのはリリア。


 今日は必要なモノを買いに来ている。

 照日は家でお留守番……はず。近くで見てたりしないよな?

 これは成生と照日が練り上げた買い物デートである。「鬼ヨワのなりお兄ちゃんだから」と、ヘンに特別なことをしない、ごく普通の買い物デートが一番最初にはいいのではないか? ということになった。それを極秘に実行している。


 それに、照日の多数有るコスチュームを見て、リリアに服が欲しいと思ったのもある。夏休みに入ったので、それを実行しているところだ。


 今日のリリアは、手持ちの衣装を組み合わせた白いシャツと紺のキャミワンピースというコーデ。着やすさを重視したような普通のコーデだが、改めてリリアは美人なんだと思った。

 まぶしすぎる……。

 こんな美人と歩いてていいのだろうかと、途中で何回か思った。



「ねえ、次はどこに行く?」

 左側に座るのは、海陽みはる


 買い物デートを始めようと家を出てすぐ、海陽とバッタリ会った。近くに来ていたので、驚かせようとこっそりやってきたとか。


(よりによって、この日に来なくても……)

 と、少し思ってしまったが、海陽に悪気は無かったのだろうから、責める理由は無い。


 結局、そのまま買い物についてきて、今に至る。


 今日の海陽は、ショートのデニムサロペットに、黒のクロップドタンクトップ。そして頭にはベージュの大きめなキャスケット。大きく開いたサイドから脇腹が見えていて、つい目が行ってしまう。

 肌の露出は多いものの、セクシーと言うよりはかわいさが勝る。

 まぶしすぎる……。

 こんなかわいい人と歩いてていいのだろうかとも、何回か思った。


(これが両手に花って状態だよな?)


 人生でこんな経験するとは思わなかった。

 だが片方は彼女型アンドロイドで、片方はその友達。二人とも全然自分の女の子ではないのだが、そうじゃないとこんな状態にはなれないと思う。


 しかし、今日は海陽の距離感が物理的に近い。今だって身体が触れている。この前水泳を教えてもらっている時に感じた柔肌を、今日も感じている。


 そして海陽が近いせいなのか、リリアがちょっと不機嫌なのだ。照日でちょっと不機嫌になったリリアの機嫌を直そうと計画したのに、同じことを繰り返してしまった。



 今回、リリアにはデートだとは言ってない。

 照日が「デートだと思うと、お兄ちゃんが固くなっちゃうから。変な意味じゃないよ? そっちを固くしても、手は出せないだ鬼ヨワだし」ということで、普通の買い物ということになっている。だから極秘でデートを実行中なのである。

 なので、海陽と会った時も


「リリア、どこ行くの?」

「これから買い物です」

「いいなぁ。わたしも行っていい?」

「どうぞ」


 と、リリアが普通に誘ってしまった。断る理由が無いよなぁ、リリアには。

 そして、二人の間で静かに火花を散らしている。


 それが最初の「どうしてこうなった……?」に繋がる。


 リリアの不機嫌な理由が、最初は照日が来て「お兄ちゃんを取る」と言いだして。

 今は海陽が買い物についてきて、ものすごい近い距離にいる。


 ひょっとして、リリアが嫉妬している?

 そういう感情を持つようになったと思うと、それはそれで嬉しい。リリアは海陽に対抗しようとしているのか、さっきから少し手を出しては、引っ込めている。

 海陽と同じ様に距離を縮めたいのだろうが、それが出来ないでいるのだろう。


(……かわいいな)


 なんてほっこりしている場合じゃない。

 リリアは彼女型アンドロイド。彼女が距離感近いならまだ分かる。

 照日も最初から距離感が近かったが、あれは例外。

 なぜ今日の海陽がこんなにも距離感近いのか。友達の友達って、こんなに距離感近いのか?

 成生は友達が少ないので分からない。


 結局、

(まぁ、何も考えてない海陽さんだし?)

 という曖昧だが、自分で納得のいく結論で片づけることにした。


 ――成生が真実にたどり着くのは、まだ先のお話。




 そして成生は考えた。

 二人の仲を壊さず、リリアの機嫌を直す方法を。


 今回の本来の目的である、リリアの服だ。成生は自分でもファッションセンスがあるとは思っていない。リリアが何を選んでも「いい……」と言うだろう。よっぽど常識の範囲を外れていなければ。

 そこで海陽にも手伝ってもらって、最高のコーデを選ぶ。これならいいのでは?

 浅い戦略かもしれないが、今の自分に出来る最善策だ。それに、この場から早く動きたいのもある。


 今の状況、自分にとってはいい。海陽も……嬉しそうなのでいいのだろう。だが、リリアにとっては良くない。

 状況を変えるため、早速作戦を実行することにした。



「海陽さん。リリアさんの手持ちの服が少ないから買いたいんだけど、どういうお店がいいのかな? 俺はよく分からなくて……。あと……」

 成生はすでに距離の近い海陽との距離を更に縮めた。

「あまり高くない感じで」

 これは小声で伝える。リリアには聞こえないぐらいの音量で。


「リリアの服かぁ……」

 海陽は身を乗り出してリリアの上から下まで眺める。

 そして、

「とりあえず色々見て回ろっか。見て、直感で決めればいいよ。それじゃ、行こうよ」

 と、勢いよく立ち上がって歩き出した。


 頼りになるなぁ。みんなが海陽に相談するのもうなずける。


「リリアさんも、行こう」

 成生は立ち上がり、手を差し出す。

「はい」

 リリアは成生の手を握り、ベンチから立ち上がった。


「……」

 立ち上がったリリアは、成生の手を握ったままだった。


「あの……成生さん」

「なに?」

「目的地に着くまで、このまま手を握っていてもいいですか?」

「……いいよ」


 戸惑いながらも訊くリリアに、戸惑いながらも優しく答える成生。

 二人は手を繋いだまま、海陽を追いかけていく。


 この後、リリアの機嫌はすごく良かった。

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