第32話 いい知らせと悪い知らせ
それからしばらくして、照日も学校に通うようになった。さすがに同じクラスではなく、隣のクラスになったが。同じクラスに短期間に何人も転校してきたら不自然である。
隣のクラスでは、女子たちが「かわいい!」と照日に接してくれているようで、それは安心だ。
帰ってきたら見れる照日のコスプレショーが終わったのは残念だが。
もうちょっと余裕が出たら、リリアのコスチュームを充実させようと思う。照日であんなに魅力的なんだから、リリアが着たらもっと魅力的だと思う。
ガチャがどれぐらい回せるかは分からないが。
☆
そして梅雨も中盤、もう少ししたら夏休みだという頃。
リリアと照日が週末にメンテナンスとなった。
それを聞いた
「リリアって、ひんぱんに検査入院するんだね。照日ちゃんも」
「人一倍、健康に気を使ってるからね」
「そうなんだ」
海陽は納得させやすいので、助かる。
それに、こうやってリリアがいない時に泊まりに来てくれるのはありがたい。海陽がいると、リリアがいる時のような安らぎを感じる。すごく、心地がいい。
なんだろうな、この感覚。自分では、よく分からない。
家にやって来た海陽とは、リリアや照日の話になる。
「それにしても大変だね、三人とも」
「何が?」
「だって、みんな仕事の都合で親と離れて暮らしてるんでしょ?」
「そうだね。そんな三人だから、ここで一緒に暮らしてる訳で」
「そっか……。どうせなら、わたしも……」
「ん?」
「な、なんでもない! ところで、ナリオくんはどうして親について行かなかったの? 海外怖い、とか?」
「それも有るけど、俺までいなくなったら姉ちゃんが悲しむんじゃないかと思ってさ」
「お姉ちゃん想いなんだね」
「ん、まあ……」
なんだか、
姉ちゃんはうざいとは思うが、嫌っている訳じゃない。
それにこの前、照日に迫られた時は姉ちゃんのお陰で助かった。お姉ちゃんの存在は、すごく大事だ。何かあったらすぐ飛んできてくれるし。
ヘンなタイミングで来たりもするけど。
大切な姉ちゃんだからこそ、国内に残りたいと思ったのだが、それを口に出すのは恥ずかしかった。
☆
そして日曜の夕方。リリアと照日が帰ってきた。
成生が海陽を駅まで送り届けて帰ってくると、
「成生さん、ちょっといいですか?」
と、リリアに呼ばれた。
リビングでイスに座り、テーブルを挟んで向かい合う二人。リリアは真剣な表情だ。
なお、照日はそばで鼻歌混じりにメンテナンスで持って行った荷物の整理をしている。
「成生さん。いいお知らせと悪いお知らせがあります」
「そんな言葉、リアルで聞くとは思わなかったよ」
お約束な言葉だが、こういう時はどっちから聞くか決まってる。
「まずは、いいお知らせから聞こうかな?」
「今回のメンテナンスで、私たちは新しいボディに交換しました」
「何か不具合でもあった?」
「いいえ」
「交換したってことはー、なりお兄ちゃんがリリアお姉さまの初めての人になるんだよー?」
荷物を整理しながら照日が口を挟んできた。
でも、成生は考える。
「それは……昔と変わらないのでは?」
リリアには一切、手を出していないし。
「るーも、お兄ちゃんが初めての人になれるんだよ?」
「!?」
それは……。
いやいや、照日には手を出すつもりはない。
関係無い。関係無い。関係無い。関係無い……。
大体、身体だけ新品じゃないか。それでも初めてと言えるのだろうか……言えるんだろうな。
「それでですね」
リリアは先ほどと変わらない調子で話を続ける。
「今回、ラボで研究を進めていた泳げるボディになりました」
「……ということは?」
「私たち、ついに泳げるようになりました」
「おぉー……」
成生は思わず拍手してしまう。
リリアたちは水に浮く要素が無いから泳げないと言っていた。これでプールや海でも自然にすごせるということだ。
「で、悪い知らせとは?」
「それで、帰ってくる時に気付きました。私たちは泳ぐ方法を知りません」
「……ということは?」
「私たち、まだ泳げません」
「おぉう……」
今まで水泳とは無縁だったリリアたち。泳ぎ方を知っているはずがなかった。
「どこかで練習とか出来ないの?」
「そうですね……」
リリアは考えるが、特に思い付かない。
「それだったら、ラボの研究用プールとか使わせてもらえるんじゃない? 今なら空いてそう」
照日が言った。
「ラボにプール有るの?」
成生が行ったあのラボに、そんなスペースは無さそうだったが。
「地下にボディ開発用のプールが有ります。普通の25mプールです。水深は深くないプールなので、照日さんも練習は出来ますね。でも、使わせて貰えるかどうかが……」
「大丈夫じゃない? プールだけだったら。リリアお姉さまとるーだったら、使わせてくれるよー、きっと。それに、他の人の目がないから、なりお兄ちゃん向けの攻めた水着が着られるかもよ?」
「攻めた水着とは、どういうものですか?」
リリアは興味津々で照日に訊いている。
「えー……? マイクロビキニとか、スリングショットとか? マイクロビキニはるーでも着れるけどー、スリングショットはリリアお姉さまむけかな?」
「なるほど」
リリアはそれをメモしているが、実際着られたら困るのだが。色んな意味で。
「あ、でもなりお兄ちゃん向けだったら、攻めた水着よりスク水の方が反応よさそう」
確かにリリアのスク水は有る。着て欲しいとは思う。それはそれで、色々と問題で困りそうだ。
スク水が一番似合いそうなのは、照日だと思うが。
「あ、なりお兄ちゃんがリリアお姉さまのスク水姿を想像してるぅ!」
「いや、照日のスク水姿を想像してたんだよ」
「なりお兄ちゃんのえっちぃ……」
成生が誤魔化すように言ったら、そんなこと言われた。
恥ずかしそうにしつつも、どこか嬉しそうな照日。その気持ちがちょっと分からない。
「そう言えば、重要なことを成生さんに訊いていませんでした」
「なに?」
「成生さんは泳げるのですか?」
「泳げるのは泳げる。けど、教えるほどは上手くない」
「え? じゃあなりお兄ちゃんには教えてもらえないの?」
「うーん。残念だけど……。泳ぎを知らない人に教えられるほどじゃないから……。あ、でも、泳ぐのは得意そうな人なら、心当たりは有る。その人なら教えられるかも? 行く人増えてもいい?」
「どうせ貸し切ると思うから、いいよ!」
「ちょっと待ってて」
成生はスマホを取り出すと、どこかへ電話をかけた。
「あ、海陽さん? 今いい?」
相手は海陽だった。海陽は運動が得意だ。この役目に最適だと思った。
『大丈夫だよ。もう電車降りて歩いてるとこだから』
「海陽さんって、泳ぎは得意?」
『得意だよ。なんで?』
「リリアさんと照日ちゃんに泳ぎを教えてほしい」
『ナリオくんは教えれないの?』
「うん。だから頼んでる」
『うーん……いいけど、わたし一人で二人教えるのは大変そうだから、あと二人連れて行っていい? トカちゃんとモンちゃん』
トカちゃんとモンちゃんは海陽が仲のいい二人、
「ちょっと待って」
成生はスマホを一旦下ろしてマイク付近を手で塞ぐ。
「海陽さんと十勝さんと門出さん三人で教えるって言ってるけど、増えても大丈夫?」
「大丈夫じゃない? 貸切なんだしー」
「教える方と教わる方の相性があるかもしれないので、人数は多い方がいいかもしれませんね」
「じゃあ、三人とも呼ぶね」
成生は再びスマホを持ち上げる。
「じゃあ、三人に頼みます。俺たち三人とそっち三人の六人で行くから、待ち合わせとかは、また連絡する」
『わかった。連絡待ってるね』
こうして、リリアと照日への水泳指導の約束は取り付けた。当日はどうなることか。
(……あれ? 女の子五人に男が一人? しかもプールに!?)
とんでもない事態だと、成生は気付いた。
一方。水泳指導を依頼された海陽。
「――ん? 『俺たち三人』ってことは、ナリオくんもくるの? プールへ!? ま、当然か。え? わたしの水着見られる?」
海陽もとんでもない事態だと、気付いた。
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