第21話 キューティーなバニー

「…………」


 成生は黙って立ち上がり、ドアをそっと閉める。

 今のは気のせいだ。見間違いだ。そう思い込みたかった。


「ナリオくん。今、何か見えたような……」

「さっきまでの勉強で疲れてるから、幻覚が見えたんじゃないかな?」

「そっかぁ。こんなに勉強するの、ものすごく久しぶりだもんね。疲れてたのかも」

 言えばすぐ信じる海陽みはるは、こういう時助かる。


「海陽さん、ちょっと待ってて。用事有るから」

「うん。ここで勉強の準備してるね」

 成生はドアを自分だけ通れるぐらいに小さく開けて、素早く廊下へと出た。




「リリアさん?」

 成生は部屋の中にいる海陽に聞こえないよう、声を抑えてリリアに訊く。

 目の前にいるリリアは、確かに黒のバニーガールの姿だった。見間違えでもなんでもない。現実だ。


「なんでしょう」

 そのリリアの表情はいつもと同じで、全く悪びれた様子も無い。


「なぜこの姿に?」

「今日当たりました。なんと、SSRです」

「それは……今ここでする姿じゃないと思うんだ」

「すみません。成生さんに一刻も早く見せたかったので……」

「それは……仕方無いね」

 やっぱり成生はリリアに甘々だった。


「どうですか? 私のバニーガール姿は」

 リリアは成生の目を見て、マジマジと訊いてくる。

「えっと……」


 上半身は下着以外だと今までで露出が一番多いだろう。スク水よりも。その白い肌を、惜しげも無くさらけ出している。

 肩周りから胸にかけて見えている。全体を見ようとしても、そのボリューミーな山と谷の部分に、どうしても目がいってしまう。

 下半身は下半身で、そのむちむちな脚が黒ストに包まれていた。薄い黒ストの向こう側には、肌が見えている。


 なんというか、下着姿よりも刺激的だ。下着よりも露出が低いはずなのに。


「その……リリアに似合ってる。なんていうか、いい……凄くいい……」

 成生の語彙ごいは死んだ。何も考えられない。


「ありがとうございます。折角なので、海陽さんにも見せたいと思います」

「いや、この姿を見たら海陽さんは驚くと思う。バニーガールって身近なモノじゃないから」

「そうですか? 人間はバニーガールを仮装大賞で知って、憧れると記録されていますが」

「だいぶ前にいなくなっちゃったよ」


 1960年にアメリカで生まれたバニーガールは、数年後にキャバレーの衣装として日本にやってきた。夜の世界で採用の多かったバニーガールも、1979年の年末に始まった仮装大賞で、一般の人も目にするようになった。

 黒バニー、赤バニー、ノースリーブバニーコート付きのビリジアンバニーと様々な姿を見せてきたエスコートガールは、世紀が変わる前にもこもことした白いセパレートタイプのコーデに変わってしまい、リリアの着ているような姿では無くなってしまった。

 あのもこもこバニーガールも、かわいいのはかわいいんだけど。


 しかし、リリアに記録されている情報がたまに古いことがあるのは、開発者の情報が入力されているせいだろうか。少なくとも、知識に関しては成生と同年代では無いように感じる。まぁ、こういうアンドロイドを開発するような人だ。相当な歳なのかもしれない。おじさんとか、おじいさんとか。


「では、普通の人はどこでバニーガールを知るのでしょう」

「アニメやマンガ、ゲームかな?」

「海陽さんは、知っていると思いますか?」

「うーん……知っているかもしれないけど、実物は見たこと無いと思うよ?」

「では、ちょっと見せてきます」

「待って」

 成生は横を抜けて部屋に入ろうとするリリアの手首を掴み、止めた。

 止められたリリアは、手首をつかむ成生の方へ振り向く。

「何か問題でも?」

「問題しか無いんだよ。その姿だと、海陽さんが驚く」


 成生は海陽が家でのリリアを見たら驚くとは予想していたが、この姿じゃあ『驚く』の方向性が違う。


現実リアルで見たこと無いバニーガールが見られるのだから、当然驚きますよね。では、見せてきます」

「だから、ダメだってばっ」

 どうしてそう、海陽にも見せようとするのか。


「ねえ、どうしたの? 廊下で言い争うような声が聞こえるんだけど」


 部屋の中から海陽の声が聞こえてきた。どうやら、リリアを止めるのに必死になっているうちに、声が大きくなっていたようだ。


「何があったの?」

 部屋のドアが開いて海陽が廊下をのぞいてきた。

 リリアを見て目を丸くし、そのまま動かなくなった。

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