第19話 全裸試験勉強

 放課後、海陽みはる特訓べんきょうが始まった。

 生徒がいなくなった教室に、海陽、リリア、成生の三人。

 海陽は自分の席に座り、その机の前にリリアと成生がいる。


「それでは、特別授業を始めます」

 そう告げたリリアは、メタルフレームのメガネをかけていた。


「リリアさん。そのメガネは?」

「昨日当たりました。先生プレイをする時は『必須』と記録されています」

「先生プレイって……」


 いやあ、リリアに似合ってるし、リリア先生に色々教わりたい。

 勉強以外も。


「本当はタイトスカートとかも用意出来たら良かったのですが」

「それは……」


 そこまで行くと、どう見ても高校生じゃない男が出てくるヤツだ。

 そして先生役の女が脱がされるヤツ。男も脱ぐんだけど。

 そのあと、こういう教室で……。

 ――せっかくのコスチュームなんだから、半脱ぎぐらいでお願いします。


 もしリリアが女教師コスになって教えてくれることになったら、勉強に集中出来ないだろう。どうあがいてもセクシー。リリアなら脱がなくてもセクシー!

 もし勉強を教えて貰えることになったら、せめて家庭教師レベルで抑えてもらおう。

 いや、家庭教師モノもあるんだけど。


「成生さん、どうかしましたか? ボーッとして」

 成生は、リリアの呼びかけで現実に戻ってきた。

「あー大丈夫。何から教えたらいいんだろうって考えててさ」

「そうですね。海陽さん、何が分からないですか?」

「んー………………全部?」


 ダメだこりゃ。みんなサジ投げる訳だ。

 全部分からないって、本当に何から教えたらいいんだ?


 だけど引き受けた以上、

(困っている海陽をなんとかしてあげたい)

 と思う成生。

 その為にはどうすればいいのか?


「海陽さん、逆に何が分かるの? 何が得意?」


 こういう場合は、何が分からないかが分からない。なら、分かることを答えさせればいいのだ。


「えぇー……? ひらめき系?」

「そんな教科は無いよ」

 無いよな?

「あと選択肢問題も得意だよ? カンで選んだら高確率で当たるし」

「野生の人かな?」

「ひどいなぁ」


 これはまともに海陽へ勉強を教えても、本当に赤点ギリギリ回避が精一杯のような気がしてきた。

 まずいな……。

 

「とりあえず、やれることは色々やってみよう。何から始めようかな」

「勉強するなら、まずはこれですよ」


 そう言ってリリアがカバンから取り出したのは、白くて長い布。真ん中には黒で『必勝』と力強く書いてあり、文字の間には赤い丸。


 うん。ハチマキだね。


「気合い入れて勉強する時は、これを頭に巻くと記録されています」

「それ、試験勉強でも受験の時じゃないかな?」

「文字に不満が有るのでしたら……」


 リリアはさらに大量のハチマキを取りだした。


「『合格』『根性』『努力』『友情』『勝利』『闘魂』『全裸』と各種揃えていますが」

「なんかおかしいの混じってるね。特に最後」


 真ん中の丸は、股間を隠すためのお盆かなんかか?


「うぅーん……この中からだったら『全裸』かなぁ」

「選択がおかしいから! 海陽さん」


 これでは『全裸試験勉強』になってしまう。

 リリアの女教師コスよりも集中出来ないだろう。

 というか、勉強どころじゃ無い。

 海陽は脱衣願望でも有るのか? 本当は裸族かなんかか?


 そう言えば、姉ちゃんがリリアは凄いと言っていた。

 もしかして、海陽も脱いだら凄い……?


 女の子って、みんなそうなのだろうか。ちょっと気になる。


 姉ちゃんなら「かわいいなっちゃんの頼みなら仕方無いなぁ」って見せてくれそうだけど、見たいとは思わない。

 姉ちゃん、スタイルはいいと思う。でも、後が怖い。


 ヘンな思考が頭の中でグルグル回る。

 話題を逸らさないと、おかしくなりそうだ。


「海陽さん、別のにしようよ。ハチマキの単語が勉強から一番離れているし」

「そうだね。一番面白かったけど、先生に見つかったら怒られちゃうもんね」

 多分、海陽は何も考えずに選んだのだろう。

 裸族じゃ無いと分かってホッとしたような、残念なような。



 で、最終的に海陽が選んだハチマキは『闘魂』だった。それを両側に途中で結び目を作り、ネコミミみたいにしている。『闘魂』と一番遠い見た目だが、『全裸』よりはよっぽどいい。

 だけど、ネコって全裸だな――いや、もう全裸は忘れよう。


 しかし、始まる前からこれだと、大変そうだな。

 どこまでやれるだろうか……。

 今後も試験が来る度に起きそうなイベントだから、傾向と対策はしっかりしておかないといけないだろう。



 と、不安がいっぱいだったが、始まってみるとリリア先生の指導は分かりやすいものだった。海陽が分からない部分が有れば、順序立てて解説をする。これが海陽には効果的だったようだ。


 なので、

「普段の授業も、これぐらいわたしに解説してくれればいいのに」

 なんて言い出した。


「先生も、海陽さん一人に教えてる訳じゃあないからね」

 やることの無い成生は、海陽に教えることもない。ただのツッコミマシーンと化している。


「リリアって、先生に向いてそう」

「そうですか?」

「うん。リリアの教え方上手だし、みんなリリア先生の授業なら受けたいって思うんじゃないかなぁ」


(男子生徒は別の意味で受けたいと思うんじゃないかな?)

 成生はそう思う。

 こういう優しい美人教師なら歓迎だ。勉強は集中出来ないだろうけど。


「先生がみんなリリアみたいな人だったらなぁ……」

「量産出来るのは、まだ遠い未来になると思います」

「?」

 海陽は首をかしげた。

「どういうこと?」


「こ、こういう先生がいっぱい出来るのが遠い未来、ってリリアさんは言いたいんじゃないかな」

「そうなんだぁ」


 危なかったぁーっ!

 たまに忘れそうになるけど、リリアはアンドロイドだった。

 気を抜いている時に、いきなり危険な発言をぶち込んでくるのは、やめて欲しい。

 単純な海陽じゃなかったら、アウトだったかもしれない。



「よしっ、リリア先生の特別授業、もうちょっと頑張るぞ!」

 大好評の特別授業は、放課後から下校時間まで連日続いた。



 そして金曜の夕方。


「あ、もう下校時間だ」

 生徒が学校に残られるリミットが迫っていた。これ以上は学校に残られない。追い出されてしまう。


「週末挟むから、もう少し特別授業受けたいんだけどなぁ……」

「海陽さんの家でやるのは?」

 成生は前に海陽が言ってたことを思い出していた。近いからこの学校に来た、と。つまり、ここから家が近いはずだ。


 だが、

「うちだと弟たちがうるさいからねぇ。だから勉強あまりできないんだ」

 と断られた。

 それが事実なのか、言い訳なのか、問い詰める気は無い。


「あ、そうだ。逆にリリアんはどう? 行ったことないし、見てみたい」

「え!?」

 突然の海陽の提案に、声を上げたのは成生だった。


「なんでナリオくんが反応するの? リリアん行きたいの?」

 行きたいというか、リリアの家は成生の家だ。お前の家は俺の家、みたいな感じになっているけど、実際そうだから仕方無い。


「ねえ、いいでしょぉ? リリアぁ」

 すんごい猫なで声で訊く海陽。女の子って怖いなぁ。


 リリアの返事は、

「私は構いませんが……」

 リリアはチラッと成生を見た。呼ぶか呼ばないかは成生次第ということだ。


 しかし、

「それじゃあ、決定! ちょっとウチに連絡してくる!」

 海陽は即決。教室を飛び出していった。


 教室に取り残されたリリアと成生。

「決まってしまいましたが、どうしますか? 成生さん」

 リリアが訊いてきた。


 成生は大きく溜め息を吐いた。

「決まってしまったものはしようがないが、海陽さんならいいんじゃないかな」


 普通に話せば「そーなんだ!」で終わりそうな気がする。やましいことはしていないし、隠す必要も無いだろう。それに交友の広い海陽が知っていた方が、ヘンな誤解が広がらない気がする。

 その前に、ヘンに設定を増やす方が、ほころびが生まれるだろう。だったら、他に合わせた方がいい。


「では、私が成生さんの家に住んでいることは、海陽さんへのサプライズということで」

「まぁ、別にいいけど」

「海陽さん、どんな反応しますかね」

 リリアがちょっと楽しそうだ。

 ヘンに口を挟まず、リリアに任せることにした。


「遅くなるって連絡したよぉー」

 作戦会議が終わったところで、丁度海陽が帰ってきた。

「それじゃあ、リリアんにしゅっぱーつ!!」

 こっちもこっちで楽しそうだ。

 楽しそうな二人の邪魔はしたくない。


 こうして、リリアと海陽と成生の三人は、リリアの家――というか成生の家へと向かうことになったのである。

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