第18話 続続・アレが来る!

 次の日。

 姉ちゃんは帰るということなので、外まで見送りに来た。

 愛車のベスパ・プリマベーラ150にまたがり、ジェットヘルメットを被る姉ちゃん。エンジンが軽快な音を奏でている。


「なっちゃん、昨日は盛り上がったか?」

「なにが?」

「だってさ、なっちゃんとリリア、同じ部屋で寝てるじゃない? そりゃあ、ヤることは一つしかなかろう!」

「無いよ。リリアが寂しがってるから、一緒の部屋で寝てるだけで」

「だからこそ、なっちゃんがオトコを見せて、リリアの寂しさを紛らわせてあげるんだよ!」

「なにが?」

「ナニが。なっちゃんの性格考えてリリアには許可出しておいたから、襲われたら素直に受け入れるんだよ?」

「リリアさんにヘンなこと吹き込まないでよ。昨日、説明するの困ったんだぞ」

「でもさ、そういうことに興味はあるんだろ?」

「……」


 リリアの手前、成生は正直に答えるか、仮面を被るか、非常に悩む。


「ああ、あたしが邪魔だから盛り上がれないのか。だったら、ここで退散するよ。頑張れよ」

「頑張らないよ!」

「あとな……」


 桜音は身を乗り出して、成生の耳に口を近付けた。


「風呂で見たリリア、凄かったぞ。楽しみにしとけ」


 小声でそれだけ言って、桜音はヘルメットのシールドを下ろした。


「じゃあな! また時間が出来たら来るぜ!」


 そう言い残して、姉ちゃんはさっさと走り去ってしまった。



 ――何が? 何が凄かったの?

 ねえ? 姉ちゃん?

 一番目立つ超立体3D構造の部分じゃないよね? それは風呂じゃなくても凄いよ!


 はっ! 風呂では4Dとか?


 3Dに何がプラスされるんだろう。実物は見たことないから、よく分からない。

 それとも、他に隠されている凄い部分が……?

 凄く気になるじゃないか!

 なんちゅう言葉を残して言ったんだよ……姉ちゃん。



「嵐のような人でしたね」

「うん、そうだね」


 成生は平静を装う。心に響いた叫びは口に出せないし、リリアに「どこが凄い?」なんて直接は訊けない。こうするしか無かった。


「台風が過ぎ去ったと思って、これからは日常生活を取り戻していこう」

「そうですね。でも、成生さんのお姉さんはいい人でした。これからいいお付き合いが出来そうです」

「そうなの?」

「はい。昨日のお風呂では……」


 リリアは口ごもってしまった。


 だから、何があったんだよ! 風呂!

 風呂? そういう場所じゃないよ? 風呂?


 気になるが、言えない何かがあったのだろう。気にしたら負けのような気がする。


 だが、リリアが姉ちゃんと仲良くなれたのは、良かったことかもしれない。

 今後は姉ちゃんが急襲してきても、安心出来る。

 嵐のような姉ちゃんがいなくなった今、また平和な日常が戻ってくる。

 そう思っていた。




 数日後の朝。

 教室に来た成生とリリアは、机に伏せている海陽みはるの姿を見た。

 いつも元気な海陽のしおれた姿なんて珍しい。

 まあ、しおれたというか、燃え尽きてるというか……。

 とにかく、いつもと様子は違って元気が無いのである。


「どうかしましたか? 海陽さん」

 そんな海陽を心配して、リリアが声をかける。

「……」


 だが返事がない。屍のようだ。


「これは……異常事態ですね」

 それでも落ち着き払っている様子のリリアは、周囲を見回した。

 そして、

十勝とかちさん」

 と、近くの席に座る女生徒に声をかけた。


 声をかけたのは、十勝こいぬさん。彼女はラジオへの投稿が趣味で、海陽とはよくその件で話している、仲のいい三人組の一人。海陽と席が近いというのもあり、なにか事情を知らないかと、リリアは声をかけたのである。


「何か知っていますか?」

「海陽のことだから……多分アレ」

「アレ?」

 リリアが首をかしげると、


「あぁ……リリアぁ……」

 海陽の絞り出すような声が聞こえてきた。その声にも力は無い。やっぱりおかしい。

 リリアは海陽の方を向いた。海陽の死んだような顔が見える。


「地獄が……地獄がくるんだよぉ……」

「? なんですか?」

「…………テスト」


 確かにテストは近付いてきている。高校生なら、三年間で何度も乗り越えないといけないイベントだ。


「家から近いからすっごい頑張ってココに入ったんだけど、授業分かんないよぉ。わたしゃもうダメだよ……」


(海陽さんって、本当にそんなレベルだったのか……)

 成生は思うと同時に『学校に入る時と同じぐらい頑張ればいいのに……』と言うのは禁句なんだろうか? と感じる。


「ナリオくんはぁ……どのくらいできるの?」

「え? んー、中の上ぐらいは行けると思う」


 上位ではないけど、テストで困らないレベルだと思う。中学の時もそれぐらいの位置だったし、高校選びは無理をしないぐらいのレベルで選んだ。授業もそれなりに分かるし、テストの結果もそれぐらいの位置で落ち着くだろう。良くも悪くも無いのでは?


「いいなぁ。リリアは?」

「高校三年生までは予習しているので、大丈夫です」

「え? そんな先まで? すっげぇー」


 驚いたのか、リリアの言葉に反応して身体を起こした海陽。その顔に生気が少し戻ってきている。希望が見えたか?


 でも、まず一年の時点で三年まで予習していることのおかしさに気付けないんだから、海陽の頭のレベルは推測出来る。

 と同時に、リリアがヘンなことを言っても海陽は気付かないだろうという安心感が、成生に生まれた。


「じゃあ、今回のテストも余裕?」

「大丈夫と思います。予習は完璧です。今、授業は予習内容の確認みたいになっています」

「リリア様ぁ!!」

 と、大声を出してリリアにすがる海陽。

「お助けくだせえ! なんでもしますからぁ!」

「だそうですが、どうしましょう」


 必死な海陽にすがりつかれたまま、リリアが真顔で成生の方を見てくる。

 答えは一つしかない。


「海陽さんが困ってるんだから、助けてあげようよ」

「成生さんなら、そう言うと思っていました」


 間髪入れずにリリアは海陽の方へ向き直し、

「では、海陽さんのお役にたてるのなら、手伝います」

 と言った。

「ホントぉ! やったっ! 目標は赤点取らないように頑張ること! 追試とかメンドくさそうなんだよねぇ」


(目標ひくっ!)


 成生は思うと同時に、その一言で察した。

 これは相当ヤバいのを引き受けたんだ、と。

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