人造彼女

龍軒治政墫

第1話 人造彼女あります

「あー、彼女でもいたらなぁ……」


 元口もとぐち成生なりおはつぶやいた。

 今いる自宅の部屋には、成生一人だけ。むなしく響くだけだった。

 他の部屋には誰かいるのかというと、そうではない。

 この広い家には、昼も夜も成生しかいないのである。


 成生の家は四人家族。

 姉ちゃんは大学進学を機に、一人暮らしを始めるために家を出た。ベタベタしてきて少しウザい姉だったが、いなくなると寂しいものである。

 そして両親が仕事で海外へ、となった時、成生は日本に残ることを選んだ。日本の高校に行きたかったからである。


 で、男子高校生になった成生がこの家で一人暮らし生活を始めた訳なのだ。

 最初は自由を手に入れた気がしたが、一人というのはすぐに寂しくなった。


 そんな独り身の成生は、彼女でもいれば少しは違うのだろうかと、ふと思ったのが先ほどのつぶやきである。

 これまでの人生で彼女が出来た経験はない。告白したことも、されたことも無い。

 理由は出逢いが無いというのもあるが、強すぎる姉の存在で女が少し怖かった。女が全員姉みたいな人じゃないとは分かっているし女が嫌いでも無いが、それでもやや苦手意識があった。

 それで、出逢いも無かったのかもしれない。

 かと言って、男の友人が周りにいるということも無い。高校に入学してから友人は出来ていないし、今までの短い人生でも、友人は少ない。


 だからこそ、このぽっかり空いた透き間を埋めてくれる、誰かが欲しかった。

 どうせ現れるなら、男よりは女の方がいい。それが、一番最初の彼女がいたらというのに繋がったのである。

 その前に、少しは女に対する苦手意識が無くさないといけないだろう。そうでなければ、この先一生……。

 女に興味が無いわけじゃないので、それは寂しい。


 まあ、こうしてつぶやいて彼女が出来るのなら、苦労はしない。

 そんな夢物語、ある訳が無い。

 そう思っていた。




 それから数日後の平日。

 いつもの下校中の道。

 いつもの見慣れた風景である。この風景は、高校に入ってから何十回と見てきた。


 だが今日は、その風景に一つの違和感があった。

 その違和感の原因は、成生の目の前に有る一つの看板。

 そこには筆文字でこう書かれていた。


  人造彼女

    あります!!


 どう見ても怪しい看板だった。

 昨日までは無かった、と思う。そこまでぼーっと登下校はしていない。

 こんな妙に達筆な筆文字の看板、見落とす訳がない。古くさいホーロー看板よりも目立っている。


 ここは通行人が多くも少なくもない通りだが、成生以外はこの看板が気にならないのか、みんな素通りしていた。足を止めた成生だけが、気にしているという状態だ。

 看板がちょっと怪しい感じがするから、関わりたくない感は有るかもしれないが。


 そして看板に書かれたその文字の下にある矢印は、違う世界へ誘うような狭い狭い路地の方向へと向いている。


 とても怪しい看板、そして怪しい路地だったが、成生は『人造彼女』という文字に興味を引かれていた。

 凄く気になっている。人造彼女って、なんだろう。人造って言うんだから、彼女ロボかなんかだろうか。

 そうだったら、面白そうだ。

 数日前に生まれた悩みも、解決出来るかもしれない。生身じゃない女の子なら、まだ接せられる可能性は有る。


 問題は、その人造彼女の完成度。どれぐらいのレベルで作られているんだろう。

 特に外見。

 人は外見じゃないと思っているが、人間とはほど遠いロボットみたいな見た目なら、さすがに新たな寂しい気持ちしか生まれないだろう。


 例えば目が黄色く光っていたり。

 例えば、よく分からないくるくる回る謎の部品が付いていたり。

 例えば、謎に光っていたり……。


 だが、ここに堂々と書くということは、人造彼女は自信のある完成度かもしれない。そうじゃなければ書かないだろう、普通。


 しかし矢印が向いているのは、通行人もいそうにない路地の方向。先が真っ暗で、行ったら戻ってこられないかもしれない。

 ひょっとして、別の世界に転生するのでは?

 ――それは無いか、さすがに。


「ま、でも、ちょっと覗くぐらいなら大丈夫、だよな……? 多分」

 危なそうだったら、逃げればいいや。

 少し不安な気持ちは有ったが、今は好奇心が勝る。誰も成生を止められないだろう。


 人造彼女を見たいという衝動に突き動かされた成生は、矢印が向いている路地へと入っていった。

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