若菜と紗里 私のせい 9

「お風呂、沸いたわね」


 そう言う紗里さりちゃんの表情は、緊張している私が馬鹿に思えるぐらい落ち着いていた。


 紗里ちゃんの家に来ただけで緊張が凄いのに、お風呂に入るなんて――なんて思ったけど、よく考えれば、他人の家のお風呂みたいに勝手が分からない場所に一人よりも、家主が一緒にいてくれた方が気持ちは楽なんじゃないかと考えついた。今まで勉強をしていたから、頭が冴えている。紗里ちゃんのおかげだ。


 そう考えると不思議と緊張が和らいで、一人で立ち上がることができた。


 手と足が一緒に出ないように気をつけながら、紗里ちゃんの後に続く。


 一人暮らしをするには少し広いと感じる部屋の廊下を渡り、お風呂場へと向かう。


 脱衣所は二人入っても、なんとか身動きが取れる広さ。先に入った紗里ちゃんのポニーテールが揺れる。どこにそんなに動ける筋肉があるか分からない、細くて綺麗な身体。同性の私から見ても思わず頬を染めそうになる。とんでもない美人は涼香りょうかで慣れていても、紗里ちゃんみたいに仲がいい人は違った意味で緊張してしまうんだ。


「先に私が脱いで入るわね」


 服に手をかけて、脱ごうとした私に紗里ちゃんが待ったをかける。


「あ、うん。じゃあ出とこうか?」


 無理して脱衣所にいなくてもいいんだ。紗里ちゃんが入ってから私も入ればスムーズに流れる。


「待って」


 出て行こうとする私の腕を紗里ちゃんが掴む。その気になればりんごだって握りつぶせるのに、紗里ちゃんが私の腕を掴む力はとても弱くて、微かに震えていた。


 もしかして、紗里ちゃんも緊張しているのかな?


「分かった」


 緊張しているのなら、私は出ていた方がいいと思うけど、紗里ちゃんがそう言うのなら待つしかない。


 だけど、待っても待っても紗里ちゃんは服を脱ごうとしない。やっぱり一緒に入るのが嫌になったのかな?


「やっぱり別々に入る?」

「違うのよ……若菜わかなには……どうしても……」


 そう言って、耳まで赤くする紗里ちゃん。


 今まで完全無欠な、カッコ良くて綺麗な頼れる先輩だと思っていた、紗里ちゃんのそんな表情を初めて見た。


「ははっ、紗里ちゃんも照れたりするんだね」


 そんな紗里ちゃんの姿を、可愛いなと思いながら、照れ隠しのように口を衝いて出た言葉。


「それはっ……当然よ」


 紗里ちゃんは少し落ち着いたように、少し微笑みながら答える。そして、すーっと息を吸い込んで、口を開く。


「目を、閉じていて」

「え? ……分かったけど」


 見られたくないのなら、私が脱衣場を出ればいいだけなのに、紗里ちゃんは私にその場で目を閉じるように言った。紗里ちゃんがそう言うのならなにか理由があるんだろうって、深く考えずに、言われた通り目を閉じる。


 すると、私の前――紗里ちゃんが服を脱ぐ音が聞こえた。その時間は、服だけじゃなくてズボンも脱いでいると思う。


 どうしたんだろう? 私はそれだけを考えていた。もしかして、紗里ちゃんも人に見られたら恥ずかしかったりするのだろうか。


 紗里ちゃんの交友関係は良く知らないけど。もしかすると、人とお風呂に入るのが初めてなのかもしれない。


「若菜……目を……開けて……」


 今にも消え入りそうな、紗里ちゃんの声が聞こえた。


「いいの?」

「……うん」


 確認が取れた私は、言われた通りに目を開ける。


 ――そして、露わになった紗里ちゃんの後姿を見て、頭が真っ白になった。

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