水原家にて 9

 涼香りょうか涼音すずねはシャワーを浴び終え、身体を拭いて用意されていた服を着る。


 髪の毛を乾かさず、タオルを巻いてリビングへ向かう。なんとなくそうした方がいいという気がしたのだ。


「髪の毛を乾かさないと風邪をひくわよ」


 リビングに入ると、テーブルに座っていた涼香の母が頬杖をつきながら言う。


 テーブルの上にはお高いカップアイスが三つ並んでいた。


「「アイス‼」」


 二人は同時にそう言うと、急いでテーブルに着く。


 アイスを開けると、食べごろまで溶けていた。髪の毛を乾かしていたらこの溶け具合では食べられなかったはずだ。


 シャワー上がりのアイスという贅沢。それもお高いアイス。


「汗をかいた甲斐があったわね」

「ですね」


 早速アイスに舌鼓を打つ。


「アイスを買えないようにしたもの。ちょっとしたお礼よ」


 涼香の母もアイスを口に含み目を細める。


 そうやって三人は静かに味わい、同時にアイスを食べ終わる。


「ねえ涼香」


 一息ついて涼香の母が口を開く。


 その言葉に、自然と涼香と涼音は背を伸ばす。


 別に怖いとかそういうのではないが、なんとなくそうなってしまう。


「ニンジンの重さ、十グラム程少なかったわね」


 涼香に似たその目が、スッと細められる。


「誤差でしょう」


 居住まいを正したが、別に怖いからではないので涼香は即答する。


「ええそうね」

「…………」

「…………」

「…………」


 三人が沈黙する。


 最初に口を開いたのは涼音だった。


「…………それだけ?」

「ええ」


 すぐ返ってきた言葉に、最初に言われた涼香は困惑の声を漏らす。


「えぇ……」

「なんの時間?」


 涼音もこの訳の分からない時間に疑問を抱く。


「あなたたちにお小遣いをあげるという話よ」

「そういう話じゃなかったと思うんだけど⁉」

「初めからそう言ったらいいではないの?」


 全く繋がりは無いが、その話は大歓迎なため、一回ツッコむだけで続きを促す。


「いいじゃない。嬉しいでしょう? 喜びなさい」

「いくらくれるの?」

「私達は喜んでいるわよ」


 思わぬ収入に涼香も涼音も、内心は今すぐ踊り出したくなるぐらいテンションが上がっていた。


「お釣りをあげるわ」

「はあ⁉」

「非道ね!」


 喜んでいた二人のテンションが地に叩き落された様子を見て、涼香の母は手を口に当てて笑いを堪えている。


 今回の買い物で出たおつりは百円に満たない。


 それをお小遣いで渡すと言われても、二人で五十円。駄菓子屋にしかいけない。


「冗談よ。水族館代ぐらいは渡すわよ」


 まったく冗談に見えない表情で涼香の母は涼香と涼音にお金の入った封筒を渡す。


「ねえ先輩。このお金が偽物だったらどうします?」

「お母さんの財布の中身と入れ替えてやるわ」


 そんなことを言いながら封筒を受け取った涼香と涼音。


「お金関係の法律はよく分からないから作らないわよ」

「ですって先輩」

「信じるか信じないかはあなた次第ということね」

「要するにそういうことね」


 さっさと確認しろという視線を受けて、素直に封筒を開ける。


 封筒の中身の匂いを嗅いだ涼香が言う。


「本物ね!」

「あら、あなたも鼻が利くの?」


 意外そうに目を見開く涼香の母に涼音が言う。


「そんな訳ない。先輩の鼻って柔軟剤の匂いが全部同じに感じるらしいし」

「それは言い過ぎよ! 分かるわよ……三種類ぐらい」


 涼香だけでなく、興味が無ければ誰でもそういうものだろう。


「耳鼻科に行ってみる?」

「真剣に悩まないでよ!」


 結構真剣な表情の母に涼香がツッコむ。


 涼音も封筒を開いてお金を確認する。


 偽札かどうかの見分けなど分からないが、どうせ本物だろう。


 金額はさっき言っていた通り、水族館の入館代ぐらいだ。ありがたく受け取る。


「さて、遊びはここまで。本題に入りましょうか」


 その一言は母の優しさだろう。なにを言われるのか察した涼香は、そそくさと立ち去ろうとする。


 涼音はそんな涼香を逃がすまいと腕を掴む。


「離しなさい」

「いいじゃないですか。補習は終わったんだし」


 涼音も、涼香の母がなんの話をするのか察しがついている。


 だから大人しく座れと、再び座るように促す。


「別にお説教をしようという訳じゃないのよ。だから座りなさい」

「嫌よ」


 そっぽを向く涼香であったが――。


「お父さんに言うわよ」


 その一言で大人しく席へ着くのだった。

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