スーパーマーケットからの帰り道にて

「ねえ、本当に出るの?」


 スーパーの出口で外の様子を伺いながら、両手に袋を持った涼香りょうかが、同じく両手に荷物を持った涼音すずねに問いかける。


 結局アイスは買えず、二人の両手は伸ばされる。


「出ます。重たい……。早く帰りたい……」


 二人の細腕には、この量はギリギリ耐えられるかぐらいだ。


 悠長に喋っている暇は無い。


 一足早く、夕日で染められた世界に涼音は出る。


「うわっつ!」

「溶けてしまうわ!」


 肉類には氷、冷凍食品にはドライアイスを貰ってきたのだが、この暑さでは長く持ちそうな気がしない。


 せっかく引いた汗が再び溢れてくる。


「無理無理、あああああ早く帰りたいいいい」


 両手が塞がっていて、汗すら拭えない。


 タオルは首にかけているが、それも頬を流れる汗は吸い取らない。


「帰ったら……シャワーね」


 早く早くと早足で、なおかつ涼香が転んでしまわないように気をつけならがら、涼音は神経を使って歩く。


「ねえ涼音」

「なんですか」

「暑いわ」

「あたしも暑いです」

「ふふっ」

「ははっ」


 汗をかきすぎて、もうあまり気にならないラインまできている。


 自然と出る諦めの笑いに、涼香と涼音も少しだけ歩くスピードを緩める。


 安全に帰ることが一番大切だ。


 下手に涼香が転んで、そこに時間が取られてしまうと、肉は痛むし冷凍食品は溶ける。それに熱中症の危険性も高まる。


「実質これはシャワーではないの?」

「はあ?」

「………………」


 暑さで脳が溶けてしまったのだろうか?


 いつも通り訳の分からないことを言った涼香。いつも通り言っているのなら脳は溶けていないはずだ。


「腕がもげそうね」

「もげました」

「接着剤も買った方が良かったわね」


 涼音も涼音だ。この訳の分からない会話に乗っている。


 そうまでして意識を逸らさないと、とてもこんな暑い中を歩いて帰られない。


 そろそろスーパーと家の中間地点。


 あと半分だという喜びと、まだ半分だという絶望。


「ポジティブに、あと半分ととらえましょうか」

「あと半分……はは……そですね」


 涼音もあと半分だととらえることにした。それだけでいくらか気持ちは楽になる。


 横を通り過ぎる車を見ながら、先日の水族館へ行ったことを思い出す。


 夏なのに汗をかかない車移動。


「車っていいわよね」

「涼しいですもんね」


 二人の胸中は同じのようで、共にため息をつく。


 水原みずはら家と檜山ひやま家も車は無い。


 涼香の父親以外は免許証を持っているのだが、特に必要無いよね、ということで車は所有していないのだ。


 どうしても必要という時はレンタカーを借りている。


「車をねだろうかしら」

「駐車場無いじゃないですか」

「作ればいいのよ。建て直しよ」

「あたしらの親ならやりかねないのが嫌ですね」

「ええ、たまに親が怖い時があるわ」


 冗談で言ったはずなのだが、冗談で済まないことになるかもしれない。


 背筋を冷たい汗が伝うのだった。



 ようやく家が見えてきたというところで、涼香は重大な事実に気づく。


「鍵を取れないわ!」


 鍵は涼香のポシェットの中、しかし両手は重たい買い物袋で塞がっている。


 一度置いてから鍵を取り出せばいいというのは理解しているのだが面倒だ。


 一度置くが面倒なのだ。


 面倒だなあ、と思いながら玄関前に立とうとしたら。


 すると――。


「おかえりなさい」


 タイミングよくドアを開けたのは、左目尻の泣きぼくろが無いことを除けば、涼香と瓜二つの女性だった。


「あら、おかえりなさい」

「あ、先輩のお母さん」


 涼香と涼音が目を丸くする。


「ただいま。早く入りなさい」


 涼香の母はドアを開け放ち、涼香と涼音へ入れる。


「随分とタイミングがいいではないの」


 荷物を下ろし、靴を脱ぎながら涼香が母に言う。


「あなたたちの歩行速度、スーパーの陳列、物を買う順番、レジにかかる時間とか滞在時間とか、まあその他諸々。それらを適当に計算しただけよ」


 なんてこと無い風に答える涼香の母。


「はい、水分。飲んだらシャワーを浴びてきなさい」


 そして靴を脱いだ涼香と涼音に、スポーツドリンクを渡すのだった。

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