水族館にて 12

 水族館の中は薄暗いが、完全な闇という訳では無い。ここねの手を握ろうとした菜々美ななみは、こんな明るさでは爆発してしまうと思い、ここねの隣にピッタリと、コバンザメの如く引っ付く。


 まずは透明な海底トンネル、アクアゲートが二人を迎える。


「わあ……」


 一面に広がるブルーの世界に飲み込まれた菜々美とここね。周囲を自由に泳ぎ回る魚達に目を奪われながらゆっくりと歩く。


「見て、菜々美ちゃん。綺麗な魚だよ」


 ここねしか見えていないが、ここねが綺麗だと言っているのだ、菜々美はここねが綺麗だと言う魚を見に行く。


 ブルーによく映えるオレンジの魚が泳いでいる。


 サクラダイと言われる、桜の花びらような模様がある魚だ。


「ほんとね」


 菜々美がそう言うと、同じ気持ちを共有できて嬉しいのか、ここねが微笑む。


 二人で並んで、二人で同じものを見て、二人で同じ時間を過ごす。付き合っているとはいえ、四六時中べったりくっついている訳でも無い。


「菜々美ちゃん」


 ここねは隣にいる大切な人菜々美の名前をの呼ぶ。いつもと変わらない声音。


「どうしたの?」


 いつもみたいに名前を呼ばれ、いつもみたいに反応する。


 いつもと同じ、だからなにも備えないし備えられない。


 全くの不意打ち、相手の心に直接届く思いを込めて、ちょっとだけ違ういつもを届ける。


「ありがとう」


 こちらを見上げるここね、菜々美は茹で上がる顔を自覚しながら、それでも目を逸らさずに見つめ返す。


「……こちらこそ。ありがとう」



 一方その頃。


「クラゲがいっぱいよ!」


 涼香りょうか涼音すずねは、暗闇の中漂うクラゲが展示されている『海月銀河』にやってきていた。


「わあ真っ暗」

「そのリアクションはもう済ませたわ」

「そですか」


 はぐれないように、涼音は涼香の手をがっちり握って水槽の中を観察する。


 暗闇に浮かぶクラゲがなんとも幻想的な人気のエリア。


「待って涼音、暗すぎてどちらへ進めばいいのか分からないわ」

「えぇ……」


 水槽に夢中になりながら歩いていると、どこへ向かっているのか、どこが順路なのかが分からなくなる。


 壁一面の水槽だけなら迷わないが、通路にも水槽が設置されており、それが涼香を迷子にさせる。


 しばらくの間、クラゲのように暗闇を漂う二人であった。

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