第12話 ビショップの狙い
「将軍、急いてはコトを仕損じますぞ」
軍師は相変わらず笑っていたが、ちょっと驚いた顔をした。
ユージーンは気付いてなかったらしい。
なんだ、今更他人がいることに気付いたのか?
「こ、これは、フィオドア伯爵。」
あ、ほんとに今気付いたんだ。
すっごい集中力すぎて引く。
ついでに言えば、気まずそうにしているクレイトンお兄様だっているのに。
クレイトンお兄様は、呆れた顔をした私をじっと見て
申し訳なさそうな顔をして目線を外し、悲しげな顔になった。
「一旦、座りましょう」
私はそう言って、ほほえみながらやり過ごす。
悪い癖だわ、王妃の頃からこうやって素知らぬふりをしてきた。
本音は違う。
そういう時のナンシーだ。
いでよ、令嬢ムーブ、ナンシー。
そう思うだけで、私の気持ちは少しだけ落ち着くのです。
ふふ、そうね。
ユージーンの先ほどの”世紀の告白”はなかったことにしましょう。
少なくともこういう場ですることではないし
ロマンもムードもへったくれもない。なんつー男だ。
そもそもいきなりだもの。意味がわからないわ。
(答えることなんて、できない。)
はぁ、私。
どうしたら良いのかしら、公開大声プロポーズよ、ナンシー。
何をしたらそうなるっていうの...
ユージーンは私を相変わらず見ている。
さっき自分が何を言ったのかわかっているのだろうか。
彼の視線に気づかないふりをするのも慣れたけど
それはそういう立場だったから。
今までだって、国の困難はあったのよ。
けれどそれは直接私に降りかからないものばかり。
立場でものを考えることは得意なのに
自分のことなんて考えたことなんてなかったわ。
あ、あった。
毒殺選んだ〜。うふ。
結構な死に様でございましたでしょう?おほほ。
「さて、どこからお話しましょうか、王妃殿」
軍師はソファに腰掛けたままで手を組んだ。
「どこからも何からも、私、今はルイーズじゃありませんこと?」
バレたのはもう百歩譲って諦めた。
問題は、これからだ。
と、腹を括ったところで
「ルイーズじゃ、ない。”ヘレナ”だ。」
ユージーンは私をじっと見たまま言った。
彼と仕事以外で話をするなんて、今までわざと持たなかったから
私はちょっと困惑している。
いつも、逃げていたから。
彼の言葉を持つその視線に。
短めの黒髪に、整った目鼻立ち。
瞳は薄い青色に混じる灰色。
鍛えられている体によく似合うサーコート。
こう、じっくり見ることもなかった。
あ、失礼に当たらない程度に、見る、ということでしてよ。
だって、私は王妃だったから。
だって、私は女帝だったから。
求められるのは強さと力、判断力。
何ものにも屈しない強靭な精神力と、忍耐力。
あの当時ユージーンに心を配る余裕なんてなかった。
それをすればそれが私の隙になり、隙が生じて噂となり
噂は王族への醜聞となる。醜聞は、国民の不満になる。
結果、王政は信頼を失い益々立ち行かなくなる。
女帝の立場、というのはそういうものだ。
皆が思う、女帝のあるべき姿を、私はいつもやっていた。
それが求められていた。
強さを、皆を導く力を、求められていた。
ユージーン、お願い、そんな目で
私を見ないでほしい。
「うん。 将軍、わかっておる。
ー お主にはあとで時間をあげよう。今は我慢してくれぬか?」
軍師は穏やかで寛容な笑みを浮かべた。
ユージーンは頷き、黙った。
で、こっち見んな。
視線が...視線が、痛い。
気付いてしまえば、ほらもう、その視線に耐えられない。
...めっちゃ気まずいんじゃ〜、ナンシー。
(ヘレナは意識して凝視されることに慣れていません。)
「話を整理しておこう、王妃殿。」
軍師は気にせず、話し出す。
「なぜ、私が”ルイーズ”ではないとわかったのですか?」
私は聞きたかったことを先に聞いた。
なぜバレたのか。
令嬢ムーブ、やりすぎだったのか?
部屋の一同はみな顔を見合わせ、黙った。
え?
なんで?
黙ったユージーンは少し首を傾げて口を開いた。
「...?なぜバレないと思ったのだ?」
「だ、だって、私、”ルイーズ”なのでしょう?」
軍師は私を見て目を細め、将軍に顔を向け言った。
「将軍、お主はなぜ彼女が王妃殿だと思ったのだ?」
ユージーンの視線は私を見たまま
笑顔になる、その笑顔に、私の心臓が跳ね上がる。
「見間違えるわけがない。 ー ヘレナの瞳だ」
( 瞳?)
私は立ち上がり、部屋の中の鏡を探す。
どこ、?鏡は、ー
壁にかけてある鏡を見つけ、そこへ小走りに行く。
覗き込んだ鏡に映る私は、ルイーズだ。
そんなことはない、違和感なんて...
ー 違和感?
「あ」
気付いた。
違和感がなくて当たり前だったのは
”自分(ヘレナ)”そのものだったからだ。
違う、じゃあ私がルイーズだと思ったのは..
軍師が口を開いた。
「 この世の不思議というのかね、これも。
王妃とルイーズは従姉妹、だが
見目、姿形は全く王妃殿によく似ていた。ー 瞳を除いて」
クレイトンお兄様は重い口を開く。
「部屋に入ってきたとき、私はすぐにルイの瞳を見た。
妹のそれではなかったのです。クイーンヘレナ。
ルイの瞳は父上の灰色(グレー)です。
だがー。...あなたの瞳は、かすみ色だ」
瞳の色...。
そうか、だから
皆私を見て、驚いたのか。
だから、違うって思ってたのか...。そうか ー。
瞳の色はそんなに変化することもないものね。
違えば、何事かそれは驚くことでしょうね。
でもみなさま。
瞳の色が違うだけで、そんなに驚くことかしら?
私の聞いた話では、その日の気分によって
目の色や髪の色だって自在に変化することのできる
そんなメタモルフォーゼプレイができる世界があるというではないですか。
私だってやってみたい。
町娘になってみたい。
葡萄だって踏んでみたい。
(ヘレナは何か大きな勘違いをしています)
メタモルフォーゼプレイ。何という甘美な響きでしょう。
でも
みなさま、ごめんなさい。
瞳がどうのとか仰っていますけど
私が、これは”ルイーズ”だと確信していたのは
転生した、と思った理由は
そんなことじゃないのです。
ぶっちゃけ、瞳なんて見ていなかった。
それは ー。
『 お っ ぱ い 』
ですー、ですー、ですー、ですー....
脳内エコーが響き渡る。
え?だって、王妃の頃の私のお胸はペタンコで
発育不良だなんて言われていましたのよ、阿呆に。
えぇ、それはもう”ちっぱい”なんて
私にしてみましたらば、チョモランマに該当でございます。
私のお胸はそう...不毛なる地平線を見渡す大地。
無いことを嘆いているのではありません。
希望だって捨ててはいなかった。
ただ、神に祈ることをしていなかっただけ。
だから私のお胸は神に見放されたのだと、私は思っていましたのよ。
神に見放されし胸。 ー それが王妃の証。
それが転生したと思ったら
いきなりボインボインになってたら
そりゃ、自分じゃないって思うでしょう?
なんかすっごいボーナスじゃ〜んって喜ぶでしょう。
思わず意味なく揉むでしょう?見入るでしょう!?
とりあえずプニプニするでしょう?!!
なんかわからんけど、わざとはみ出したくもなるでしょう。
これをお読みのお嬢様方!!!!
鏡に映った自分(ヘレナ)に違和感を感じなかったのは
特段の違いを感じなかったからで
いつもの自分の顔が写れば、それはそのはずで。
ただ、お胸的変化は大いにあった。
喜ばしい限りの、それは転生に付き物の棚ぼたギフトだ。
コインの鼻の形が違って当然よね。
”元”の私じゃ、ないのだもの。
似た顔のルイーズを見ながら、コインの絵を見ていた私。
私は何を見ていたというのでしょう...。
(胸だけよ、ナンシー。浮かれすぎたわ)
脳内で接触不良を起こしたような気分だ。
目で見る情報と
自分の体の変化をうまく接続できていなかったようだ。
でも、お胸は消えてない。
これだけでも感謝に値する。
そして、この脳内勘違いを誰にも悟られてはならない。
私は深呼吸をし
気を取り直してソファに戻る。
「お騒がせいたしまして申し訳ございません。
ようやく理解が追いつきましてよ。 ー」
令嬢ムーブに腰を落ち着けようとした、そのとき。
「ヘレナ、もう ー
もう、 そんな顔をするな 」
ユージーンは身を乗り出してきた。
私はその分、身を引いた。
「 もう、そんな真似しなくていい 」
ユージーンはとても悔しそうな顔をして私を見たので
私は不意におかしくなって吹き出してしまった。
「 っぷ。ふ、ふふふ、ユージーン、あなた、ふふ、
まるで、ケンカにでも負けたような顔をして。ふふ」
今度はユージーンが嬉しそうに笑った。
「あぁ、そうだ。 それでいい」
ゴホン、と咳払いが聞こえた。
軍師だ。
「さて、確認も済んだことだ。
本題へ移ろうではないか、諸君」
クレイトンお兄様は不安げにフィオドア伯爵を見る。
何か言いたげだ。
わかっている、本当の妹の”ルイーズ”は
どうなってしまったのか。
死んだのか、それともー。
しょうがないわね、
王妃だった私がそれとなく聞いて差し上げましょうか。
「お父様、ー 本物のルイさまは?」
軍師は、眉を少し上げ
クレイトンお兄様を見て何も言わなかった。
親子で何か秘密の暗号でもあるの?
それ以上、クレイトンお兄様も気持ちを切り替えたのか
不安げな顔をしなかった。
軍師は私を見つめたまま胸ポケットに手を伸ばす。
「 すべてはこの国に巣食う、悪事を働く輩をやっつけてやるなど、と
王妃殿、青臭くもあなたが仰って始まったことだ。
ー そしてこれに始まる。」
そう言って
軍師は一枚の紙を置き、そこに黒のビショップの駒を乗せた。
『 アルフレート・ケンドリッジ 』
その名を、皆
呼ぶことはなくじっと見た。
彼は、王政に関わる臣下の一人。
私の信頼する臣下の、一人だ。
アルフレート・ケンドリッジ侯爵。
この国の頭脳集団とも呼べる、財務のエキスパートであり
外務をも任せられる人。
国内における数々の財政状況を把握し、管理し
他国との交渉にも長けていた。
この国の産業を、他国へ輸出する際
多大なる助力を以って有利に進めてくれた。
すなわち
財政を持ち直すきっかけを作った人。
え?
アルフレートが?
なぜ?
あいつ、めっちゃいい人やん。
めっちゃみんなで徹夜したや〜ん。
みんなで励ましあったや〜ん。
教会でも毎朝会ってたじゃ〜ん。
わっから〜ん。何が?
軍師は私を見た後、至極残念そうな顔をし
ビショップを見ながらひとつ唸り、言った。
「 再建が目的だ。 」
ユージーンの眉毛がピクっと動いた。
「ー そういうことか。」
クレイトンお兄様も頷いていた。
ー 何が?
みなさん、納得していらっしゃるようですけど
え?私、何もわかっていないんですけど
王妃、置いてけぼりでしてよ〜。
誰か説明して。
ちょっと不敬じゃない?
え?ほんとにみなさんわかってらっしゃるの?
なんのこと?
ちょっと、あの、私だけ、だいぶわからないんですけれども
これはまた王妃ムーブで乗り切れと仰ってる?
ユージーンが私を見た。
「 ヘレナ。 戦争を招いた奴は コイツだ。」
(んな、バカな。)
思わず顔に出ていただろう。
「 ー 彼が?」
私は疑心暗鬼だ。
だって、一番働いてくれたのは彼だ。
近隣諸国への連絡も
戦争後の国の財政のやりくりも
兵への補助や補強も全部。
たぬきち軍師は自分の顎ひげを親指と人差し指でなぞりながら
その紙を見て言った。
「 彼の狙いは”王妃殿”、あなたでしたよ 」
この部屋がサスペンス感溢れる劇場になっている。
と、いうことは
私は彼に暗殺されたということかしら?
え、毒殺は?あの阿呆は?
毒殺される前、不穏な動きはあった。
阿呆にしては、手際が良かった。
誰かが手引きしているに違いない、と
そこまでは思い至った。
でも ー。
ちょっと待ってくださいな。
超展開に私の脳みそ湧いてきたのですけど。
戦争を招いたって、どういうこと?
「先の戦争2回とも、ですか」
かろうじて発した声に、クレイトンお兄様が答えた。
「はい、2回ともです」
「 ー 理由は?」
「 王妃殿、あなたは罪作りなお人であるようだ 」
たぬきち軍師は頭を掻いて、窓外を見た。
(理由を聞いているのに、なぜ私が悪いことになっている?)
ユージーンは何か考えているようだった。
たぬきち軍師は白のクイーンを手に持ち、ぷらぷらさせつつ言う。
「 ケンドリッジ侯爵は、今の王族をすべて廃して
国を再建しようとしたのですよ
あなたを”使って”。」
軍師の手は黒のビショップの横に白のクイーンを並べた。
「再建?、それはすでに ー。」
私は何を言われているのかわからないが
持ち直した国の財政のことを問われていたのかと思った。
私に利用価値など、あってないようなものだ。
ユージーンは組んだ手に力を込めて言った。
「そのために、毒殺された、と言った方がいい」
...わお。
それはとてつもなく新情報。
後手ビショップはクイーンに向けて攻撃を仕掛けていたのだ。
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