私と彼女と怪談と。

にいがき

第1話「プロローグ」

 人生は何が起こるか分からない。

 例えば私の場合、平凡な成績で、平凡な容姿で、平凡な人生を過ごしていたのに、突然それは終わりを告げた。

 何でもない朝の通学路、高校最寄りの駅まで行く電車を待っているだけだったのに、偶然それを目にしてしまった。

 同い年くらいの女の子だった。制服は私と同じだけど、同じクラスで見た事が無い女の子。何で目についたのかと言えば、その子がとても綺麗に見えたから。

 他の誰も彼女を気に留めない。彼女は存在が希薄で、今にも消えてしまいそうに見えて、だからこそ私は彼女から目が離せない。目を離すと彼女が消えてしまいそうな気がして、そうだったから、私はそれに気づけたし、彼女と出会った。

「あっ――」

 思わず声が出ていた。けれど大きな声ではなく、やはり誰も気づかない。

 電車がやって来る。皆そちらばかり見ている。

 彼女も電車を見ていた。私は彼女を見ていた。

 そして、彼女はホームから線路へ身を投げた。

「ダメっ!」

 今まで出した事が無いような叫びをあげた私を皆が見ている。彼女も見ていた。一瞬の出来事のはずなのに、まるで世界がスローモーションになったかのように、私はそれらを確認できた。

 次の瞬間に走り出した私は、彼女を追ってホームから線路に飛び降りていた。

「こっちに!」

 以前テレビで、ホームの下には退避スペースがあるというのを思い出した私は、膝をつく彼女の手を引き、強引にそこへ引き込み、彼女の上に覆い被さった。同時に、ホームの方で悲鳴があがり、電車が急停車する。

「――なんで」

 けれど、私にはそれらが遠い場所の出来事のように感じていた。

「なんで、あなたは私を見ていたの?」

 目の前にある彼女の黒い瞳。私を見つめる彼女の細い声。重なる彼女の胸から聞こえる心音とやや低めの体温。それだけが私の捉えきれる全てだった。

「それは……」

 あなたが綺麗だったから、なんて言えない。変な勘違いをされてしまいそうだし、なんなら変質者の言動と思われてもおかしくない。何より照れ臭かった。

 こんな気持ちは初めてだった。

「変な人」

 そう言って彼女は微笑う。不意に彼女の右手が持ち上がり、私の頬に触れてくる。

「な、何ですか?」

 その仕草に鼓動が速くなるのを感じながら、なるべく動揺が顔に出ないよう気をつけて問い掛ける。

「あなた、名前は?」

 彼女の細い声がそう尋ねる。

「私の、名前?」

「そう。教えて」

「私は、夕花。橘夕花」

「ゆうか……」

 呟き、彼女はまた口を開く。

「私は坂口夜娃華」

「さかぐち、やえか……」

 綺麗な名前だと、そう思った。

 そして彼女、夜娃華は言った。

「友達になりましょうか。夕花」

「はい?」

 線路へ落ちた私たちを助けようと人が集まってくる中、私は夜娃華の唐突な言葉に、ただただ固まっている事しか出来なかった。

 本当に、人生は何が起こるか分からない。

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