第30話

「なんか精神的に疲れた……」


 新馬戦を終えて柏原厩舎へと戻ってきた俺は、応援しすぎた疲れから床に座り込んでいた。

 しばらく待っていると、レースを終えた麗華が厩舎に戻ってきた。しかし、彼女は大きく肩を落として、まるでゾンビのように厩舎の端からトボトボと歩いてきた。


「うぅ……ミーティアを乗りこなせる自信が無くなっちゃったよ……」


「アハハ、麗華ってばゲートから出るとき落馬しそうになってたもんねー。でもミーティアは良い練習馬になってくれそうだし良かったじゃん?」


「良くないよ! 今日落馬しなかったのもたまたまなんじゃないかって不安になってるんだからね!?」


 そんな麗華を面白がるようにイオは大笑いしていた。


「愛子、この後はどうするんだ?」


「うーん……とりあえず麗華が乗りこなせるようになってくれないと、レースの成績も安定してこないと思うんだよね。2時のレースに2歳のオープン戦があったはずだからそれに登録して良い?」


「たしかに、今日のレースも見ていて危なっかしいところがあったもんな……麗華、終わって早々悪いがまた出番だぞ」


 ミーティアに早く乗り慣れてもらうために、1レースでも多く乗ってもらいたい。


「はあ、とりあえず頑張るよ……。どこのレース?」


「ティパサ競馬場だよ。ほら、さっさと準備して」


 愛子に急かされるように言われた麗華は、渋々といった形でティパサ競馬場に向かっていった。


「あいつ大丈夫か……? すごいテンション低くなってたけど」


「今まで簡単に出来ていたことが全くできないってなったらけっこーきついでしょ? まあ、ミーティアに乗れるようになれば乗れない馬なんていないはずだし、今が頑張り時って感じだね!」


「トップジョッキーのイオが言うんだったら間違いないな。あいつもパパっと上達できるようになるんだから良いこと尽くめだな」


 そうして、俺たちもレースを観戦するためにティパサ競馬場に移動することになった。





  ◇◇◇




『ティパサ競馬場2歳オープン、芝2000メートルで行われるフィンタワーステークスは間もなく出走の時刻を迎えます。先ほどとんでもないレースを見せた6番ミヤビミーティアはここでも1番人気。昇級初戦、果たしてどんなレースを見せてくれるのでしょうか』


 すでに直線上に設置されたゲートの近くで、出走馬がゲートインを行っていた。

 ティパサ競馬場は1週1600メートルのコースなので、最初に観客スタンド前を通っていくことになる。


「せめてゲートでは立ち上がらないでくれよ……」


 俺は遠くに見えるゲートを見つめて祈るようにそう呟いた。


「麗華もレース中は考えることが多くて大変だろうね」


「多分、あんな暴れん坊だとは思ってなかったんだろ。もし俺がミーティアに乗ったら、スタートと同時に振り落とされる自信しかない」

 

「何その変な自信……まあ、それはなんとなくわかるけど」


 馬にどう乗っていいかもわからないのに、麗華やイオみたいのように乗りこなせるイメージが湧くわけないだろう。


 そんなことを話している中、スタートの準備は着々と進んで残り1頭のゲートインを待つだけとなっていた。

 今回のミーティアは何故かすんなりとゲートに収まっていた。


「今回こそ出遅れないでくれよ……」


『大外、18番オガルカヤがゲートに収まって態勢完了……スタートしました! おっと、やはり6番ミヤビミーティア、ゲートを出遅れてしまいました!』


 俺の願いも虚しく、ミヤビミーティアは少し出遅れてしまった。

 ただ、新馬戦のような大きな出遅れは無かったので、まだマシな方だろう。


「これが当たり前になったら嫌だよな」


「もう少し真面目にレースを走ってくれるようになればいいんだけどね……」


 相変わらずスタートを出遅れたミーティアに俺と愛子が呆れていると、馬群はドドドド、という足跡とともに俺たちのいるゴール前の観客席まで近づいてくる。


『先頭は2番コミナテン、後続までおよそ4馬身、単騎での逃げを図ります。後ろは8番アブラナセイリュウ、12番ノースアースガルズなどがいます。1番人気ミヤビミーティアはポツンと離れて最後方、今回も豪快な直線一気を見せてくれるのでしょうか!』


 その後、先頭は第一コーナーを迎える。新馬戦の時とは違い、全体的に縦長の展開になっていた。


「先頭までかなりの距離があるよな……麗華のやつ、位置取りをあげないのか?」


「ウチもそう思ってたんだけどさ……麗華、何を考えているんだろう」


 イオも首を傾げて麗華の騎乗を見守っていた。

 まさか派手な競馬を見せたい、って訳でもないと思うんだけどなあ。


 そんな時、ミーティアの様子がおかしいことに気がついた。


『最後方ミヤビミーティアですが、鞍上が少し馬を抑えるような素振りを見せています。若干かかり気味なのでしょうか』


「かかり気味ってのは馬が前に行きたがるってことだっけ?」


「そうだよ。あまり無理に抑えないで位置取り上げちゃえばいいと思うんだけどなー」


 イオは麗華の騎乗に色々言いたいことがあるようだ。

 その後、ミーティアは馬群の中団あたりまで位置取りを一気に上げていった。

 麗華の指示、というよりはミーティアがどんどん前に進んでいったような印象を受けた。

 2戦目と言えどもやはりまだ乗りこなせるところまでは至っていないらしい。


『残りおよそ800メートル、先頭は第3コーナーに入りました。徐々に後方集団が動きを見せてくるところ。1番人気ミヤビミーティアは中団からどのような競馬を見せるでしょうか。ミヤビミーティアの外から後方集団も位置取りを上げてきています!』


 ミヤビミーティアが動きを見せる前に各馬が動き出した。


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