第28話

 場所は変わってヒスイ競馬場。今日の大紅葉杯で訪れたこの競馬場でミーティアの新馬戦が行われるとのことだ。


 この時間は大きなレースもそれほどないらしく、競馬場はガラガラと言ってもいいほど空いている。


「これなら久しぶりにゴール前で観戦できそうだな」


「大きいレースが続いてたからね。その内GⅠレースもゴール前で見てみたいね」


「出走時間のかなり前から座席を取っておかないと厳しいよなあ」


 そんなことを話しつつ、俺たちは座席を確保して観客スタンドに向かった。

 すでに新馬戦のパドックを見られるようになっていたので、座席に備えられているモニターを見る。


 普段のパドックでは出走馬がグルグルと歩く映像が流れている。しかし、今日は他の馬を追い越すようにぐいぐい前に進んでいる1頭の馬がいた。馬を曳くスタッフは半ば引きずられるような形になっていた。

 その馬のゼッケンには『ミヤビミーティア』と名前が書かれている。


「ミーティア、元気すぎない……?」


「いやあ、私もこの映像は久しぶりに見たかも……」


 俺たちはその映像を見て顔を引き攣らせていた。

 

「これ、精神力がかなり低い場合の演出なんだよね。こういう映像を見て馬券を買うプレイヤーは調子とか能力を判断するんだけど……ミーティア、かなりの問題児かも……」


「ウチもここまでひどい馬は数えられるくらいしか乗ったことないけど……やばそうだね」


 DHOプレイ歴が長いという二人でさえ、かなり心配そうな表情を浮かべている。どれだけミーティアが暴れん坊なのか二人の表情を見ればよく分かった。


「ほら、能力はかなり高いし麗華も何とか乗りこなしてくれるだろ?」


「私たちは無事に完走してくれるように祈るしかないよ……下手をすれば落馬もありえるからね……」


「え? 馬から落ちるってことがあるのか?」


「馬の上で一定以上バランスを崩すと落馬するシステムになってるんだよね。レース中ミーティアが変な動きをしなければ良いけど……」


 愛子は重い表情を浮かべてパドックの映像を眺めていた。





  ◇◇◇




 

『ヒスイ競馬場新馬戦、芝2000メートルはまもなく出走です。1番人気は2枠4番ミヤビミーティア。GⅠ馬のミヤビエンジェルとミヤビグレイスを姉に持っており、ミヤビミーティアにも注目が集まっております』


 ヒスイ競馬場は1週2000メートルのコースだ。そのため、スタート位置は俺たちが座るゴール前の観客席からかなり近い。


「スタートをこんな近くで見られるなんて思わなかったよ」


 俺は目の前で馬達がスタートする瞬間を楽しみに待っていた。着々と各馬がゲートインを済ませていく。

 

「ミーティア、出遅れないでスタートしてくれたら良いんだけどね……」


「やっぱり愛子から見たら心配か?」


「多分、ゲートインから問題が連発するはずだよ……ほら、やっぱり」


 愛子がそう言うと同時に、ゲートに向かおうとすると踏ん張って微動だにしないミーティアの姿が目に止まった。

 他の馬は比較的スイスイゲートインを済ませる中、ミーティアだけ頑なにゲートに入ろうとしなかった。


 時折立ち上がろうとするなど、暴れん坊な性格が垣間見える。


「ミーティア、ちゃんとやれよ!」


 ゲートインを拒み続けるうちのわがまま坊ちゃんに俺は檄を飛ばした。

 1分ほど経ち、ミーティアはようやくゲートに入ってくれた。


「先が思いやられるな……」


 あの性格どうにかならないんだろうか。


『ミヤビミーティア、ゲートインを嫌がっていましたがようやく入りました。最後に18番ルクレールパレスがゲートに入って体勢が整いました!』


 出走予定時刻は少し過ぎてしまったが、ようやくスタートが切られる。

 暴れん坊な性格でもなんだかんだで勝ってくれるだろう。そう思っていた矢先、目の前では予想だにしなかったことが起こった。


 スタートが切られる瞬間、ミーティアはゲートの中で立ち上がってしまったのだ。

 しかしそんなミーティアを待たずに、ゲートは無慈悲にも開いてしまう。


『スタートしました……っと!? 1番人気ミヤビミーティア、大きく出遅れた!!』


 ミヤビミーティアの新馬戦は波乱の幕開けとなってしまった。

 

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