第24話

「だあああああぁぁ!? 前に出れねえじゃねえかよ!?」


 スコルヤエシマがいなければ、エンジェルはすでに先頭を捉えようとしていたはずだ。本来ならお前はもっと後ろで走ってる馬だろ!


「イオちゃん! 何とかして―!!」


 俺と麗華は前に出られず必死にもがいているエンジェルとイオを見て頭を抱えていた。

 GⅠ馬の実力はそんなものか、エンジェル!


『さあ、バルベアボンドが一気に位置取りを上げてきた! 現在先頭はフヴェルゲルミル! それに並ぶかというのが10番マクレイランだ! 残り400メートル、ミヤビエンジェルは馬群に飲まれて後方に沈んでいる!』


「もうバルベアボンドに並ばれたか……」


 俺たちの中で愛子ただ一人が冷静にレースを観戦しているように見えた。しかし、愛子は下唇を噛み、とても悔しそうな表情を浮かべている。


『先頭がマクレイランに変わった! 後ろからはまだ距離がある……おっと!? ここでミヤビエンジェルがようやく上がってきた! しかし先頭までは遠すぎるか!?』


 ようやく進路を確保できたエンジェルは、周りの馬をあっという間に置き去るような加速を見せた。


「……来た! まだ望みはある!」


「頑張れエンジェル! イオちゃん!」


 今まで貯めていた力を開放するように加速を始めたエンジェルとイオに俺と麗華はこれでもかというほど声援を送った。


『残り300メートル! バルベアボンドは3番手まで上がってきた! 先頭との差がどんどん縮まっていく! マクレイラン、ゴールまで逃げ切れるかどうか!』


 観客たちは目の前の熱戦に釘付けになっていた。観客席は割れんばかりの大歓声に包まれている。


「エンジェルは……ようやく4番手。さすがにここまでか……」


 俺はそう言って肩を落とした。何戦もレースを見てきたから競馬初心者の俺にもわかる。さすがにあそこからは上がってこれない。


「これが競馬だよ。下手をすればエンジェルだってバルベアボンドだって負けることもある。何が起きるか分からない……まあ、それが競馬の醍醐味でもあるんだけどね」


 愛子は苦笑いを浮かべてそう言った。すでに俺と愛子は座席に座り込んでモニターでレースを観戦している。


『残り200メートル! ここでバルベアボンドがマクレイランをかわした! あっという間にマクレイランが置き去りだ! これがペニークレスカップ優勝馬の実力! この世代の王者はやはりこの馬、バルベアボンドだ!』


 そうして大紅葉杯はバルベアボンドの勝利で幕を閉じた。




  ◇◇◇



「悔しいー! 進路があれば絶対いい勝負できたよね!?」


「もう終わったことだ。これで終わりじゃないんだから次に活かせば良いだろ」


 柏原厩舎でイオを待っていた麗華は今にも地団太を踏みそうなほど悔しがっていた。

 まあ、俺も悔しくないと言えば嘘になる。まさかあんな形でエンジェルが巻けてしまうとは思わなかったしな。


「次は10時15分のジャパンステイヤーズクラシックだね。このレースから4歳以上の馬も出走してくるから、今まで以上に強い馬がたくさん出てくるよ」


「今回の鬱憤を晴らすような走りを見せてくれたらいいんだけどな……あ、イオが来たみたいだな」


 俺が愛子と今後の予定を話していると、レースを終えたイオが厩舎の引き戸を開けているのが見えた。

 

「純ちゃんごめんねー。状況判断ミスっちゃった。てへ」


 イオは自分の拳を頭に軽くつけそんなことを言いだした。


「てへって……ま、とりあえずお疲れ様。あれは仕方ないだろうし、ダービーはしっかり勝ってくれたんだから良くやったと思うぞ?」


「いやあ、あれはマジで焦ったよ。スコルヤエシマが前についた段階で進路を確保しとけばよかったんだけど……まあ、今更そんなこと言ってもしょうがないか」


 そう言ってイオは厩舎に戻っていたエンジェルの頭を撫でた。

 麗華みたいに負けて落ち込むタイプよりかは、イオのような楽観的なタイプの方がいいのかもな。俺もその方が接しやすい。


「あ、そうだ。麗華ちゃんもいることだし、この後のレース、ウチは観戦しててもいいでしょ?」


「たしかに……もともと麗華がバイトで騎乗できないっていう話だったからな。その辺は麗華とイオに任せるぞ?」


 俺としてはどっちに乗ってもらっても構わないと思っている。


「じゃあ次は私が乗ろうかな。イオちゃんに一日でも早く追いつきたいからね……ただ、グランディアステークスはイオちゃんに乗って欲しいな。外からレースを観るっていうのもすごい勉強になるって気が付いたし」


「じゃあそれで決まり!」


 エンジェルの騎乗予定を決めたところで、俺は一つ忘れていたことを思い出す。


「そういやグレイスはどうなったんだ? 何戦か出走したんだろ?」


「あ、そういえば言ってなかったね。ごめんごめん」


 愛子はすぐにグレイスの馬房のボードを操作した。どうやら競争成績を簡単に見られるようだ。


「はい、どうぞ」


「どれどれ…………!? 4戦4勝!? ってことは……?」


「グレイスはGⅠもしっかり獲っておいたよ。すごいでしょ?」


 イオはそう言うと俺に向けてウインクを飛ばしてきた。

 ちゃっかり全戦全勝させるのはさすがトップジョッキーと褒めざるを得ない。こんなジョッキーが俺の馬に乗ってても良いの? 騎乗依頼バンバン舞い込んでこない?


「あまりリアルのことを聞くのはマナー違反だとは分かっているが……イオはDHOで稼いだお金だけで生活してるのか?」


「こう見えてちゃんと働いてますー! 偉いでしょ?」


「普通に仕事しててDHOのトップランカーなの……?」


 とんだチート野郎がいたもんだと、俺は内心悪態を付いてしまった。


 




 


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