第23話

『7番バルベアボンド、やはり後方からの競馬を見せるようです! 2番ミヤビエンジェルは先行集団の最後尾に付けました! 果たしてこの位置取りが吉と出るのか凶と出るのか!』


「セニルニシルトダービーを勝った時はどんな位置取りだったんだ?」


「ダービーもエンジェルは前の方に付けてたよ。ただ、ハナ差の勝利だったし、油断は全くできないよ……」


「あとはイオとエンジェルを信じるしかないな……」


 GⅠレースを勝ってくれてることだし、イオの腕も心配ないだろう。


『さあ、先頭を奪ったのはやはりこの馬、6番フヴェルゲルミル。芝3200メートルのこの舞台でも果敢に逃げ切りを図ります! 2馬身ほど空きまして11番ベシルガラゾンが続きます……』


「そういえばあのフヴェルゲルミルって馬、エンジェルと同じレースに出走することが多いよな?」


「うん、一応この世代の逃げ馬の中ではトップクラスの実力だよ。重賞レースも3勝しているからね。ただ、GⅠだとちょっと相手が悪いかな……」


 たしかに、GⅠレースだと逃げ切れずに4着、5着なんていうレースが多いみたいだ。この世代の長距離路線はバルベアボンドとミヤビエンジェルが主役になっているからな……。


『先行集団の後方には3番人気マクレイランがいます。ペニークレスカップ、セニルニシルトダービーの雪辱を晴らせるか。そしてその後ろ、セニルニシルトダービー馬ミヤビエンジェルです。鞍上は本日の3歳戦で主戦騎手を担っている森崎ジョッキーです。さあ、馬群は正面スタンド前に入りました! スタンドからは大きな歓声が送られています!』


「イオちゃーん! 頑張ってー!!」


 麗華はスタンドの手すりにもたれかかるようにイオに向けて声援を送っていた。

 

「麗華、応援だけじゃなくてしっかりイオから学びなさいよ?」


「学ぶ……? イオってそんなに上手いのか?」


 麗華も下手なジョッキーではないはずだが、その麗華に対してイオから学べという愛子の言葉の意味が理解できなかった。


 愛子は俺のその疑問ににやりと口元を緩める。


「言ってなかったけど、イオって先月のジョッキーランキング78位なんだよね。DHOのプレイヤー数を考えれば、十分トップジョッキーの内にカウントされるよ?」


「「……はあ!?」」


 愛子の突然の暴露に、俺と麗華は開いた口が塞がらなかった。


 え? イオがトップジョッキー……? 


「そういうのはもっと早く言えよ! 愛子の友達くらいにしか思ってなかったぞ!?」


「私、一応言わなかったかな? 腕は確かだ、って」


「たしかに私もイオちゃんの騎乗は上手すぎるなって思ってたけど……ジョッキーランキングを聞いたら納得したよ……」


 イオがそんなにすごいジョッキープレイヤーだったことに驚いていた麗華は、イオに対して羨望の眼差しを向けていた。

 あんな軽いノリのイオがジョッキーランキング78位か……。人はみかけによらないんだな。


『長い長い3200メートルのレースも中盤に差し掛かろうとしています。一番人気バルベアボンドは依然最後方。ここからどのような競馬を見せるのか、鞍上の中森の手綱さばきにも注目です』


「今のペースは?」


「……少し速いかも。イオもそのことに気が付いてくれたら良いんだけど……」


「トップジョッキーならペース判断も出来るんじゃないのか?」


「そんな簡単なものじゃないみたいだよ? それは麗華に聞いた方が良いかも」


 愛子はそう言うと隣に座っていた麗華に視線を送った。話を振られると思わなかったのか、麗華は少し動揺していた。


「私に聞かれても答えられないよ……ちなみに私はペース判断があまりできないんだよね。位置取りや進路のことを考えるので精いっぱいだし。それに加えて今どのくらいのペースで走っているか判断するなんて到底無理な話だよ」


「並列思考が求められるのか……ってことは、中森ジョッキーってかなりの化け物?」


「だね。さすがジョッキーランキング1位なだけあるよ」


 俺はその話を聞いて中森ジョッキーの異常さを再認識した。しかしレースはもう中盤。エンジェルの運命は鞍上のイオに委ねられている。


「俺たちは全力で応援するしかないな」


 俺たちがそんなことを話していると、周りからはどよめきが起こった。


『ここで18番スコルヤエシマがどんどん位置取りを上げていった! しかし鞍上が必死に馬を抑えようとしています。ちょっと掛かり気味なようです』


「あのジョッキーは何をしてるんだ? 間違ってゴーサインでも出したのか?」


 俺は必死に馬を抑えようとしているジョッキーの行動にいまいちピンと来ていなかった。

 俺がそんなことを言うと、愛子は首をかしげてしまった。


「あれ? 説明しなかった? 精神力が低い馬はゲートに出遅れたり、道中ジョッキーの言うことを聞かなかったりするんだよ」


「じゃああれは馬が暴走してるってことか……」


「大紅葉杯に出てこられる馬だから実力はあるんだろうけど……悪い癖がここで出ちゃったみたいだね」


『18番スコルヤエシマ、後方集団から先行集団の先頭まで位置取りを上げてしまいました。これが今後のレース展開にどのような影響を及ぼすのでしょうか。さあ、先頭は第三コーナーに差し掛かった。徐々に後方集団も位置取りを上げてきます!』


 暴走していたスコルヤエシマが先行集団を率いるような形になった。そのすぐ後ろにエンジェルが付いているが、外から他の馬もやってきている。


「あー、ちょっとまずいかも」


 レース展開を見て、麗華は深刻そうな顔をしてそう言った。


「進路が全く無くなっちゃった……スコルヤエシマがよけるか外の馬が位置取りを上げた後外に進路を取らないと馬群に飲み込まれる……!」


「それってかなりやべえじゃねえか……!」


 エンジェルの前に走っているスコルヤエシマはあまりペースを上げようとしていない。外からは先行集団にいた他の馬がどんどん位置取りを上げて最後の直線へと向かおうとしていた。


 ミヤビエンジェルの状況がまずいことに観客も気が付いたようだ。最後の直線を迎える前に観客スタンドは騒がしくなる。


『2番人気ミヤビエンジェル、ちょっと進路が開かないか!? 鞍上の森崎も進路を必死に探しているようだが……バルベアボンドも上がってきている! ミヤビエンジェルが、馬群に飲まれた!?』


 女性アナウンサーの悲鳴のような実況が場内に鳴り響いた。

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