第21話
『フヴェルゲルミル先頭! 未だ3馬身ほどのリード! しかし後続から馬群が襲いかかってくる!』
最後の直線を迎え、残りは500メートルを過ぎていた。そんな中、必死に内ラチ沿いを走る馬達を大外から抜き去ろうという人馬がいた。
『ピンクの帽子、16番ミヤビエンジェルが後方から一気に飛んできた! 2番人気マクレイランも後方集団を飛び出して先頭に襲いかかる!』
マクレイラン鞍上の畠山ジョッキーはエンジェルの仕掛けるタイミングを見抜いていたのか、一足先に後方集団から抜け出していた。
マクレイランもここでは実力上位なので、あっという間に先頭のフヴェルゲルミルに追いついた。
『先頭フヴェルゲルミル、まだ余力がありそうだ! 残り400メートルを切っている!
フヴェルゲルミル、マクレイランが先頭争い!』
「まるでバルベアボンドの競馬だな……!」
「イオちゃん、目立つのが好きみたいだね」
ミヤビエンジェルはバルベアボンドを彷彿とさせるような加速を見せる。残り300メートルを切ろうかというところであっという間に先頭に並びかけようとしていた。
『大外からミヤビエンジェル、すごい加速だ! 一気に先頭の2頭に並びかけた!』
「よし! 並んだ! このまま差し切れ!」
俺は今までとは一味違うエンジェルの競馬に魅了されていた。後方から一気に差し切ろうかという競馬はドラマチックで、いつも以上に応援に力が入った。
『ここでミヤビエンジェル先頭に躍り出た!これは強い! あっという間に2頭を置き去りにしました! 残りは200メートル!』
圧倒的な競馬を見せるミヤビエンジェルに周りの観客はどよめいていた。
応援しておいてなんだが、俺も若干引いてる。
「……あんな馬に私は乗ってたんだね」
「外から見ると面白いだろ?」
「まるで別の生き物だよ……エンジェルに勝ったバルベアボンドがどれだけ規格外なのかもわかった気がする」
麗華はエンジェルのレースを観戦して、喜びと共に困惑の表情を浮かべていた。
『2番手はマクレイラン! しかしどんどんその差が開きます! 圧倒的な力を見せて今、ミヤビエンジェルがゴールイン!』
ペニークレスカップの前哨戦、ヴァイオレットステークスは本番への期待が高まる圧倒的な勝利で幕を閉じた。
『ミヤビエンジェル、その人気にこたえる素晴らしいレースを見せました! 本番のペニークレスカップが非常に楽しみです!』
「よし、順当に勝ってくれたな」
「うん。この後のレースが見られないのはかわいそうだけど、二人の分も応援しておくよ」
「ああ、よろしく頼むよ。ほら麗華、バイトの準備もあるだろう? 帰るぞ」
そうして、俺と麗華はそれぞれの用を済ませてログアウトすることになった。
俺は一旦自分の牧場に戻り、ミヤビミーティアの入厩予約を済ませた。
「そういえばこいつの能力を見てもらうのを忘れてたなあ……まあ、愛子に任せておけば大丈夫か」
ミヤビミーティアに別れを告げ、俺はDHOからログアウトした。楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
俺はため息を吐きつつもアルバイトに向かう準備を始めるのだった。
◇◇◇
場所は変わって、アルバイト先である『居酒屋みやび』。
日曜日というのもあり、早い時間に来ていたお客さんが帰ってからしばらくの間、店は閑古鳥が鳴いていた。
「純一、志保。お前らもう上がっていいぞ」
「え? まだ時間じゃないですよ?」
『居酒屋みやび』の店主、通称おやっさんにそう言われた俺は店に設置された壁掛け時計を見る。時間はようやく9時を回ったところだった。
「日曜だしもう来ねえだろ。最近お前、妙に早く帰りたがってたじゃねえか」
「まあ、早く返してくれるのはありがたいですけど……良いんですか?」
「明日は定休日だし、しばらく客が来なかったら俺も店を閉める。帰ってゆっくり晩酌したいからな」
おやっさんはそう言ってガハハハッと豪快に笑った。商売っ気をあまり感じられないが、週末になるとこの店はかなり繁盛する。日曜日の夜のおやっさんはやる気スイッチがオフになるのだ。
「それじゃお言葉に甘えて上がらせてもらいますよ。お先です」
「お先でーす」
そうして俺と志保は休憩室に向かって帰る準備を始めた。
「エンジェルのレースってもう終わってるか?」
「今から急いで帰れば大紅葉杯に間に合うかも! 三冠最後のレースだし、急ご!」
「勝敗がどうなってるか気になるなあ……」
俺は一瞬で帰る支度を済ませ、自宅に走って向かった。
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