第19話
場所は変わって柏原厩舎。
俺と愛子はエンジェルの馬房の前で麗華の到着を待っていた。
「ごめんお待たせー」
すぐに麗華は厩舎へとやってきた。気分転換の意味があるのか、淡い黄色のドレスに着替えていた。
「おう、良いレースだったな。グレイスの将来が楽しみになったよ」
「明日の3歳戦は全部乗ってみせるよ! あれ、そういえば愛子の知り合いのジョッキーは? 紹介してくれるんじゃなかったの?」
「麗華が来るのを待ってたんだよ? 今呼び出すからもう少し待っていてくれる?」
そうして愛子はメッセージツールを使ってそのジョッキーに連絡を取っているようだった。
3分ほど待っていると、厩舎の引き戸がガラガラ、と開かれたことに気が付きそちらに目を向けた。
「愛子ごめーん、もしかして待たせた感じー?」
「良いよ全然。それじゃ紹介するね。この子が今日エンジェルとグレイスに乗ってくれることになった森崎イオちゃん」
森崎イオ、と紹介されたのは女の子だった。まあ、愛子の紹介というところでなんとなく想像はしてたけど。
アバターの見た目は少し日焼けしたような褐色の肌で、金髪をツインお団子にしたヘアスタイル。水色のスカジャンを羽織り、デニムのワイドパンツを履いた、かなり特徴的なアバターだった。
「君が馬主さん? ウチのことは気軽にイオって呼んで」
「急に頼むことになって悪いな。オーナーブリーダーの雅純だ。名前は好きに呼んでくれ」
「じゃあ、よろしく純ちゃん!」
イオはそう言ってはじけるような笑顔と共に右手を差し出してきた。なんか、コミュニケーション能力が高すぎて若干引くんだけど。絶対友達がたくさんいるタイプの人間だ。
「私は長宝院麗華。急に乗り替わりを頼んじゃってごめんね」
「いいのいいの! 今日はウチ、たまたま暇だったんだよね!」
「めっちゃいい子で安心したよ……」
そう言って麗華とイオはすぐにフレンド登録を済ませていた。え、そんな簡単に友達って作れるものなの……?
「なあ愛子。女の子ってこんなものなの?」
すでに蚊帳の外となってしまった俺は愛子に助けを求めるようにそう尋ねた。
「どうだろ? 二人ともいつもこんな感じだよ?」
「展開が早くてついていけないんだけど?」
「……雅君、DHOやってる友達っていないの?」
「聞かないでくれ……精神的にダメージを食らうから」
大学を卒業したあとフリーターとして働いていることが言いづらくて、大学の時につるんでいた友人とも疎遠になってしまったのだ。
現状、俺には友達と呼べる存在はいない。あれ、目から水が溢れてきそうだ。
「じゃあ麗華と純ちゃんはバイトなんだ……何時までDHOにいるつもり?」
「うーん、4時過ぎには家を出たいからな……」
「ならヴァイオレットステークスは見れるじゃん! ウチが乗るレース見ておいた方が安心できるでしょ?」
俺はエンジェルが出るヴァイオレットステークスの時間を聞いていなかったので、愛子に目配せした。
「3時半出走だから良いと思うよ? せめて1レース乗ってから三冠初戦に進んで欲しいし」
「決まり! じゃあみんなで見に来て!」
イオはそう言うとすぐに厩舎から移動してしまった。なんだか嵐のような元気のいい女の子だったな……。
「とんとん拍子で話が進んだな」
「あの子、いつもあんな感じなんだよね。雅君がイオの腕を気に入ってくれたら今度リアルでも紹介するよ? 専属ジョッキーが麗華だけっていうのもこの先は困りそうだし」
「愛子の紹介だし腕の心配はしてないよ」
「そ、そこまで簡単に信用する……? 男の子ってこういうものなのかな……」
愛子は小さい声でブツブツと何かを呟いて考え事をしているようだった。
「二人とも、早めに競馬場に行って待っていようよ! 私、競馬場でレースを見るの久しぶりなんだよね!」
麗華は待ちきれないといった様子で俺たちを急かし始めた。
そういえば麗華はジョッキーだから観客席でレースを見る機会は少ないのか。
「そうだな、せっかくならゴール前の良い座席で見たいし」
そうして俺たちはヴァイオレットステークスが行われるヒスイ競馬場に移動することにした。
◇◇◇
「……城?」
ヒスイ競馬場に移動したはずの俺は目の前の建物を見て固まってしまった。
最初は場所を間違えたのかと焦ったが、すぐに麗華と愛子の二人もやってきたことから、ここがヒスイ競馬場というのは間違いないようだった。
ヒスイ競馬場はまるで日本の城のような見た目だった。
エントランスに向かうためには、競馬場の周りを囲うように作られた水堀の上にある大きな太鼓橋を渡って向かうようだ。
「どこの競馬場も建物に力を入れすぎじゃないのか……?」
「普通の競馬場を探す方が難しいんじゃない? ティパサ競馬場とかもその内アップデートで改装されるって運営から案内が来てたよ?」
話を聞くと麗華はこういう特殊な競馬場が好きらしい。まあ、現実にない競馬場だしこういう見た目はゲームならではだろう。
競馬場のロビーは床が板張りになっており、たまにギシギシと木の軋むような音までなるというこだわりっぷりだった。
絶対運営の中に城オタクがいるだろ。力の入れようが他の競馬場と段違いだ。
その後、俺たちは座席を確保したが一階席のゴール前はすでに満席だったので2階席の最前列の席に座ることになった。
三冠初戦のペニークレスカップがこのヒスイ競馬場で行われるようで、すでに座席を確保している人が多いようだった。
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