第15話
「さあ、これがミヤビエンジェルの予定だよ」
愛子はそう言うと、ミヤビエンジェルのボードで出走登録情報を表示した。
1~2月 放牧
3月 GⅡヴァイオレットステークス
4月 GⅠペニークレスカップ
5月 GⅠセニルニシルトダービー
6~8月 放牧
9月 GⅡサピロスカップ
10月 GⅠ大紅葉杯
11月 GⅠジャパンステイヤーズクラシック
12月 GⅠグランディアステークス
「……ごめん、見てもさっぱり分からん」
「やっぱり? それじゃあ詳しく説明するね? まずこの後2時間くらいは疲れを癒すために放牧する。叩きとしてヴァイオレットステークスに出走して、そこから長距離三冠対象のペニークスレスカップ、セニルニシルトダービー、大紅葉杯を目標にしていくよ。その後は年末までGⅠを2レースって形だね」
聞いても良く分からないと言えば完全に呆れられると思うから何も言わないでおこう……。
「三冠レースってのは賞金も高いのか?」
「うん! レース自体の賞金も高いし、三冠完全制覇をするとボーナスとして馬主、調教師、ジョッキーに3万Gのボーナスが入るんだ。ただ、麗華はバイトだから難しいね」
「大紅葉杯は今日の9時でしょう? もったいない気もするけど、ゲームのためにバイトを休むわけにもいかないからね」
麗華はそう言うと大きく肩を落とした。ジョッキーの場合、三冠完全制覇はすべてのレースに騎乗しないといけないもんな……。
しかし3万Gか……50%運営に取られるとしても1万5000円になるって考えるとでかいよな。
「それじゃ、今から2時間くらいは暇になるんだな?」
「そうだね、ミヤビグレイスの新馬戦登録も午後からになるし……」
久しぶりに暇な時間が出来たな……やることも無いし飯でも食ってくるか?
俺がそう思っていたところ、麗華がパン、と手拍子を打った。
「じゃあさ! 祝勝会ってことでみんなでお昼食べに行かない?」
「俺は別にいいけど……愛子は予定空いてるのか?」
「うん、私も平気だよ。朝の内に全馬の出走予定は決めてあるからね」
どうやら三人とも予定が入っていないようだった。なんか、現実よりこっちの世界に入り浸ってる気がする。
「それじゃあ駅前集合にしようか。私と愛子は合流してから向かうから、雅君は待っててくれる? あとで連絡するから」
「了解。それじゃまた後で」
そうして俺は祝勝会に向かうため、DHOからログアウトした。
◇◇◇
場所は変わって最寄り駅。
一昔前は寂れていたが、都市開発が進み駅には大型のショッピングモールが併設され、駅前にも大きなビルがいくつも立ち並んでいる。
今日が日曜日ということもあり、駅前は多くの人でにぎわっていた。
そんな中、俺は駅前に置いてあるベンチに座り込み、二人の到着を待っていた。
「あいつら、何やってるんだ……?」
俺が家を出てからすでに30分が経過している。麗華……もとい志保の家も駅からそう遠くないと聞いていたので、ここまで待つとは思わなかったのだ。
中途半端に待ってしまったので、今からカフェで待つというのもタイミングが悪い気もする。
多くの人が行き交う中、俺はベンチで待つことしか出来なくなっていた。
「純一君、お待たせ」
何もすることがなく天を仰いでボケーっと過ごしていると、後ろ側から声を掛けられた。
「随分遅かったな。何をして……」
何をしてたんだ、と言おうとしたところで、志保の横にいた女の子が目に留まり俺は言葉を止めてしまった。
ベージュ色に染められた綺麗な長髪で、背丈は155センチの志保と同じくらいだろうか。どこぞのアイドルと言われても信用してしまうほどの美女がそこに立っていた。
「愛子、なのか……?」
「そう、だけど……変かな?」
身に着けていた黒いノースリーブのワンピースを見下ろして、若干顔を赤らめながら愛子はそう言った。
「もう! ゲームの中じゃあれだけ会話できてたのに、現実だとどうしてそんなにしおらしくなっちゃうの?」
「だって、こっちじゃあったことも無い男の子だよ? 緊張するよ……」
「はあ……改めて紹介するね。この子が柏原愛子こと宮内愛子。名前はリアルと一緒だから呼び名は変わらないね。で、こっちが雅純こと森山純一」
「改めてよろしくな。俺のことは……まあ、森山でも純一でも好きに呼んでくれ」
俺はそう言って手を差し伸べた。しかし愛子は、驚くような表情を浮かべたあとに恐る恐る手を握ってきた。
「……お前、本当に愛子か? いつものカジュアルな雰囲気はどこに行ったんだ?」
「愛子はちょっと人が苦手なのよ。まあ、挨拶はこれくらいにして早く行こうよ。愛子のおすすめする喫茶店があるんだって」
「へえ、この時代に喫茶店とは珍しいな。そりゃ楽しみだ」
そうして俺たちは駅から少し離れた商店街に向かった。
駅から10分ほど歩いた場所にある商店街は、昔ながらのレトロな雰囲気が漂っていた。未だに都市開発が進んでいない地域らしいが、これもこれでありかもしれないな。
「……ここが、私の行きつけの喫茶店」
先頭を切って歩いていた愛子がピタリと足を止めたのは、年季の入った焦げ茶色の建物だった。入口には『喫茶レモン』と書かれた立て看板が置いてあった。
「すげえ……なんか、こういう建物って良いよな。何とも言えない哀愁が漂ってる」
「隠れ家みたいで素敵だね……さあ、早く行こう?」
そうして、俺たちは喫茶レモンに入店した。
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