第12話
「へえ……意外とこの席も見晴らしが良くて良いじゃないか」
「そう言ってもらえて良かったよ……。少しコースから遠くなるから、レースが見にくいかもしれないけど、文句は言えないからね?」
俺たちが20分以上並んで手に入れた席は、4階スタンドの最前列だった。ただ、コースからは結構離れているので、レースの臨場感は1階席には負けるだろう。
しかし、高い位置からレースを見るのも悪くないと思えるような景色がそこにあった。
コースの奥には綺麗な湖が広がっており、ところどころでカヤックに乗っているNPCを見ることができる。
太陽が水面に反射して湖が輝くように見えるその光景はまさに絶景と呼ぶにふさわしい物だった。
「ところで、なんでこんなに混んでるんだ? 4階席から下はほぼ満席だろう?」
ざっと計算しても1万人以上はいるのではないだろうか。1万人のプレイヤーが1ヶ所に集まるゲームってのもなかなか特殊だと思う。
「私のフレンドにも聞いて見たんだけど、なんかネットで話題になってたみたいなの」
「ん? このGIレースが?」
「それもそうだけど、それよりも話題になったのが前回のドノティス2歳ステークスだよ。バルベアボンドとミヤビエンジェルの戦いがDHO界隈で注目を集めたみたい」
愛子の話によると、バルベアボンドは元々DHO内では有名だったらしい。そんな人気馬に負けはしたものの、ハナ差の2着に奮闘したミヤビエンジェルのレースを見て、ビオラ賞が伝説のレースになるのでは、と話題になったそうだ。
「エンジェルが人気者になってくれたようで俺も嬉しいよ」
「今日はたくさんの観客が応援してくれるだろうからね。私たちも気合を入れて応援しよう」
そうして、俺たちはドノティス・ビオラ賞まで馬券を買ったり、レースを観たりして過ごすことにした。
余談だが、麗華もビオラ賞の1つ前のレースで勝利をあげた。麗華もビオラ賞に向けて気合は十分そうなのを見て、俺は安心していた。
◇◇◇
『さあ、そろそろ出走時間が近づいてまいりました! ドノティス・ビオラ賞のパドックを解説のあずにゃんと一緒に見ていきましょう!』
『はーい! みんなよろしくね!』
「な、なんだ!?」
突拍子もなく会場に流れた女性の声に、俺は驚いてあちこち見渡してしまった。
そんな様子を見た愛子は、くすくすと笑いながらも説明してくれる。
「GIレースはDHO公式の生中継が行われるんだよ。今の声はその生放送の女性アナウンサーの声。そして、解説で呼ばれたあずにゃん、っていう女の子はプロゲーマー兼アイドルとして活動している赤池梓って子よ? 結構人気なはずだけど、知らないの?」
「アイドルとかよくわからないんだよな……」
「雅くん、流行に乗れないタイプ? おじさんみたい」
「そういうこと言われるとマジで傷つく年齢だからやめてくれ!?」
まだ24歳だし! ちょっとだけ流行に乗り遅れてるだけだし!
『ドノティス・ビオラ賞、注目の馬はやはり3戦3勝のバルベアボンドでしょうか?』
『そうだね! その実力は全DHOプレイヤーに知れ渡ってるんじゃないかな。でも、前走バルベアボンドにハナ差で惜しくも敗れたミヤビエンジェルにも注目だね!』
俺と愛子が話していると、解説のアイドルがそんなことを話していた。ミヤビエンジェルがこうやって注目されているのは嬉しいな。
「バルベアボンドは単勝1.2倍の断トツ1番人気だね」
「エンジェルは2番人気か……今日こそ勝ちたいな」
「今日は麗華がきっとやってくれるよ」
愛子はそう言ってにっこりと微笑んだ。
そうだな。今日は麗華のリベンジと共にGⅠ制覇を成し遂げてもらいたいところだ。
『さあ、全馬の紹介が終わりました。まもなく本馬場入場です!』
パドックでの出走馬紹介を終え、女性アナウンサーは観客を盛り上げるようにそう言った。
「本馬場入場ってなんだ?」
「GⅠだけなんだけど、出走前に各馬が観客席の前を通ってスタート地点に向かうんだよ。このドノティス競馬場はスタート地点まで遠いから、観客席を過ぎた後にスタート地点に転送されちゃうんだけどね」
「じゃあ、麗華に声が届けられるか?」
「うーん……私たちが座ってるところはメッセージで伝えてあるけど、あいにくこの人数だからね」
まあ、さすがにそれは難しいか。とりあえず、俺たちは全力で応援するだけだな。
そうして本馬場入場が始まると、馬番順に出走馬が観客席前を駆け抜ける。
観客も出走馬が出てくるたびに大きな歓声をあげていた。そして、その歓声はある馬が出てくるとひと際大きくなる。
『さあ、堂々の一番人気、4番バルベアボンドの入場です! スタンドからは大きな歓声が沸き起こっています!』
「来たな……」
愛子が太鼓判を押したエンジェルでさえも一蹴する化け物、バルベアボンド。
その手綱を操るのは前走と同じく、DHOナンバーワンの中森ジョッキーだ。人馬共に闘志が溢れているように感じてしまった。
「今回も恐らく最後方からの競馬になると思うんだよね。スパートをかけるタイミングがカギになるね」
「まあ、そこはジョッキーの腕の見せ所ってことで……ほら、噂をすれば」
『さあ、バルベアボンドのライバルホースが現れました! 10番ミヤビエンジェルです! この大舞台で前走の雪辱を晴らすことはできるのか!?』
女性アナウンサーの実況と共に、ミヤビエンジェルは観客席前に現れる。スタート地点に向けて軽く走っている。
その時、ミヤビエンジェルがゆっくりと歩き始めてしまった。
「……どうしたんだ?」
「あのお馬鹿さん、私たちのことを探しているみたいだよ?」
もちろん、お馬鹿さんとは鞍上の麗華のことである。
黙って颯爽と走り抜けてくれればいいものを……。まあ、嫌いじゃないけどな。
俺はスタンドの手すりにもたれかかるようにして、大きく手を振った。
「麗華ー! あとはお前に託したぞ!!」
周りの観客の歓声にかき消されるのを承知の上で、俺は麗華に居場所をアピールした。
しかし、そんな俺の行動も甲斐もあったのか、麗華も俺たちの姿を視認できたようだ。綺麗な歯を見せて笑い、俺たちの方にガッツポーズを決めると、再びミヤビエンジェルを走らせた。
『馬主さんに挨拶かな……? あ、所有は雅ファームだからオーナーブリーダーさんだね』
『前回のリベンジを誓ったのでしょう。観客も長宝院ジョッキーに拍手と共に大きな声援を送っています!』
麗華の行動は、出走を待ちわびるDHOプレイヤーたちを一層盛り上げたようだ。
「さあ、たのんだぞ麗華……」
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