ベイビーベイビー

 青は祝福の色でないと知りました、貴方の所為で。口先ばかりの心配で、本当は迷惑しているのでしょう、なによりもその、蒼褪めた顔が証拠。


 そんなに嫌なら、一言、言えば良かったのよ。

 

  

×××××    

  

 

 小さい頃から、好きな色は、青色でした。

 女の子なのに、おかしな子ねって母親は顔をしかめていたけれど、ピンクとか、赤とか暖色系の色はどうしても好きになれなくて。洋服も青ばかりせがんで買ってもらっていた。

 

 青は海の色。空の色。そして地球の色。

 大人になるにつれ、大袈裟な例えを持ち出して、自分の青色好みの正当性を謳うようになってきて、母は更に顔をしかめた。

 

「なんでこんな、屁理屈ばかり言う子になったのかしら。これじゃ嫁の貰い手がありやしないわ」

 

 失礼な、と思う反面、それがまた事実であるのが悔しかった。私は三十路に差し掛かる手前の年齢にも関わらず、男性とまともなお付き合いをしたことがなかったのだ。

 

 一人目に付き合った男はマザコンだった。何をするにもママに許可をとり、許可がおりなければ行えない。結局、ママから交際の不許可がでた時点で別れてしまった。

 

 二人目に付き合った男はヒモだった。お笑い芸人を夢見て、そのくせ養成所に入ることや、インディーズライブに参加するわけでもなく、バイトもろくにしない。結局、三回目の

 

「芸のこやしや!」

 

という、ただの浮気に我慢できず、別れてしまった。

 

 そして、現在お付き合いしている男は、なんと既婚者だった。それも最初は隠して、ズブズブの関係になってから


「君を失いたくないから黙っていたんだけど」

 

などと、己が妻持ち子なしであることを打ち明けてきた。最悪なパターンだ。

 そして、そんな真実を知って、呆れ顔を浮かべるだけで、別れることができない自分は最低だ。


 そんな最低女は、最悪男の

 

「妻とはもう、さめきっているんだ」

 

なんて常套句を、信じたいと思ってしまうのだ。愚かな女だ。

 

 そういえば、不倫は文化だ、と言った猛者がかつていたっけ。最近とんと、見なくなったけれど。


 結局どうなんだろう、と沸いた頭で考えながら、声をあげるのは忘れずに。

 少しの演技はこの上ない愛情からできています。あと、声をあげる演技をしていると自覚するのに興奮するから。


「あいしているよ」


 それは奥様の次に? それとも奥様の次点には誰かいて、私は五番手くらいかもしれない。

 この男なら、やりかねないな。


 掠れた声の甘い囁きは、意地悪な思いを呼び起こして、途端に自分自身を悲しくさせるのだ。


「ねぇ、もっと愛して頂戴」


 私だけを。


 本音を隠した女の重たい切情に、あなたは気づきっこない。気づける聡明さがあれば、こんなこと、しない、できないはずだから。


 きっと、私たちの関係が露呈したら。

 あなたは奥様に悪いと嘆いて。

 奥様はあなたが悪いと嘆いて。

 私は自分の運と頭が悪いと嘆いて。


 嘆くくらいなら、しなければいいのに。


 そんな、単純なことがわからないわけではないのに、

 

「このピアス。綺麗な青だったから、見かけて真っ先に君が思い浮かんで、つい買ってしまったよ」


 青色、好きだったろう。

 

 こんな、目に見えた取り繕いに籠絡されるの、本当にお手軽な女。相手は値札を外す礼儀すら怠る馬鹿な男なのに。私への贈り物は二〇パーオフの千五百円なのね。

 私は、千五百円で、愛を感じてしまう女に、成り果てたのね。

 

 だから、生理が来なくなった時、正直心躍ったのだ。そして、お手軽キットで疑心は確信に変わった。これで、奥様と別れる口実ができたわねって。


 あなたに大切な話がありますと、連絡をした時、私は少女のように喜びと少しの恥じらいを持ってドキドキしていた。お気に入りの、青いワンピースと、あなたがくれた青いピアスを身に付けて。

 

 そうして、やって来たあなたに言った。

 

「ねえ、私、あなたの子供、できたみたい」

 

 その台詞を聞いた瞬間の、眼前の男の反応ときたら。

 

 青は祝福の色でないと知りました、貴方の所為で。口先ばかりの心配で、本当は迷惑しているのでしょう、なによりもその、蒼褪めた顔が証拠。


 そんなに嫌なら、一言、言えば良かったのよ。

 

「おろしなよ」

 

って。

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