帰るところは青く深く

櫻木緑陽

 私の地元には海がある。

 カンカン照りの暑い夏も、涙と雨で濡れた夜も。逃げ場所はいつも海だった。


 夕日がきれいなこの海に入ったこともあった気もするが、それは昔の記憶。たった十年ほど前の遠い記憶。


 思い出すのは知人たちとの花火。

 同じ趣味を持つ仲間と歌い騒いだあの日から、趣味関係なく遊ぶようになっていった。はじめはライブ会場で一丸となった仲間内。気づけばカラオケに通い、カフェで語り合う。恋心が交差しては儚くも散っていく。そんないつものメンバーで。

 皆が騒いでいるのに混ざろうと足を踏み入れては、疎外感に苛まれ空元気のまま一人で騒ぎ続ける。話しかけれどどこか自分だけそこにいないような気がしていた。

 その界隈で出会った人を好きになり、叶わず。別の人に好きだといわれ付き合い、別れた。それを機に私はその界隈から手を引いた。


 思い出すのは友人とのドライブ。

 大学の一つ目の講義で「好きなものはアニメと声優です! 」なんて、な人間が大口を叩いた日。彼女は数人の女子学生とともに私のもとへやってきた。人見知りをしていたのははじめだけ。次第に集まっていた生徒たちが私のもとから去っていった頃、誰よりも大きな声で笑っていた。

 家に帰りたくないと彼女の家に泊まり込み、週に3日は少なくともそこにいた。アルバイト先が実家の近くだったためにその前日は家にいたが、平日の前夜は帰らないことも増えていった。彼女が県外の実家に帰っているときに家主のいないワンルームで過ごしたあの2日間は忘れないだろう。


 思い出すのはほとんど記憶のない逃避行。

 深夜寝つけずに布団から飛び起き、何もできずにただ車に乗り込む。ただそこから先の記憶がない。気づけばコーヒーの少し残る紙コップに吸い終わりの煙草が3本。窓から入る寒風が脳内をクリアにする。

 ――私は何をしているのだろうか。

 きっと答えを見つけに来たんだ。


 ――――――


 無意識の決意なんてものは根っこからはなかなか覆らない。そこから何度も何度も足を運び、気づかないうちにそこへと近づいていた。


 とうとう私は決心した。もうこれで終わりなのだと。


 午前3時。有名観光地の崖、の裏。緑色の公衆電話の目の前。ベンチの上に揃えて置いた靴と荷物は、最後まで消せなかった顕示欲だったのかもしれない。


 木の柵をまたぎ、後ろ手に掴みなおす。

 ――ああ、怖いんだな。


 あとは手を放すだけ。


 だけ。





 手が震えて仕方ない。





 ――意気地なしが。

 自分の声が脳内を反響する。結局何もできないんじゃないか。

 決意なんてそんなものはなかったことが悔しくて、症状として飛び降りることができないことが悲しくて。


 意地で手を離した。

 不安定な足場。一歩を踏み出す。




 これで、終わりなんだ。


 ――――――


 死ぬための覚悟などいらないと君は言うけれど。


 瞬間は苦しかったけれど。


 一瞬で去っていく意識の中でいなくなった君だけが浮かんだのだから。


 怒られてもいい。また君に会いたい。

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