トシハダ(応募修正版)
くろせさんきち
トシハダ(応募修正版)
ああ、若い頃は絵描きになりたかったんだ。
なけなしの金で手にした画材で、日がな一日描き続けたりもした。褒められた事はなかったけどね。
そんなある日、この街の図書館で一冊の絵画集を見つけて、運命が変わった。
頁を捲った時の衝撃は今も忘れないよ。
感動する程、いや戦慄する程の絵で、腕には鳥肌が立っていた。圧倒されたよ、描き続けていく気力も失った。
数日後に再び訪れた時も、その画集が目に入った。
そのまま通り過ぎようとしたが、同じ(絵画 デザイン)の棚の一冊に、自然と手が伸びていたんだ。
それは、往年の建築家達のデザイン集だった。
頁を捲る指が止まらなかったな。そこに紹介されていた作品郡に魅了されると同時に、上着の袖を捲った。あの時と似た衝撃も走ったからね。
だが左前腕には鳥肌ではなく、一棟のビルが立ったんだ。いや建ったんだ。
丁度開いていた頁にあった、コルビュジエの都市モデルのと同じ、十字型のね。
驚いたが、声をあげる間もなくビルは等間隔を空け連立していき、やがて道も引かれるとひとつの都市が生まれた。
つまりそれは鳥肌ならぬ、"都市肌”だったのだ。
その日を境に様々な都市が、僕の皮膚に生まれては消えた。
寒さを感じた時にも、鳥肌でなく都市肌が建った。
朝霧に包まれた時計台と宮殿、それから雪夜の大聖堂。冬の屋外だというのに見惚れたままで、風邪を引いたくらいだよ。
同時に、これは僕だけの体質なのかとも考えた。
診断の結果然り。おまけに体内では血管に代わり、配管や線路が引かれていたんだ。
いや、それでも異常とは思わなかったよ。
都市と体の近似は昔から語られていて、コルビュジエは自身の構想した都市を「生命体」と例えたし、第二帝政時のパリ大改造は、人体モデルを念頭に置いた所もあったからね。
むしろ新たな運命とさえ感じたよ。
この街を、かつての小都市のような賑わいを持った街に再生させる仕事が、僕の天職なんだ。
体中を走る鉄道の音を聞きながら、そう確信したんだ。
それから今日に至るわけだが、少しは役に立てたかな?
どうあれ、こんな素敵な美術館まで建った。
独特で力強く、且つ優雅で美しい線。まさか今になって、あの絵画の実物を目にする事になるとはね。
振り返れば、こうして"線”を見る人生でもあった。ゴシックの垂直線にバロックの曲線……過去の衝撃が甦ってくる。
ほら、都市肌が建ったよ。今までのと違う、地下鉄が走っていない時代のままの都市だ。僕の体もこの街同様に、また生まれ変わろうとしているのか?
立毛筋が縮む……毛の周囲が線を描くように盛り上がっていく……これは"絵”だ!
決めたよ……諦めた道を、もう一度引いてみようと思うんだ。
※
そう言って彼が左前腕を差し出した途端、ピラミッドや神殿などの建造物は皮膚に埋もれ、絵だけが残った。
ハチドリやコンドルやペリカン。かの有名な地上絵と同じだ。
つまりそれは文字通り、"鳥肌”だったのだ。
(了)
トシハダ(応募修正版) くろせさんきち @ajq04
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