詩「青い夜」
有原野分
青い夜
色とりどりの油性マジックで
落書きをした全身に
返しのついた牙が噛みついた
午前二時五十四分
それは兄が自殺した時刻だった
真夜中の鳥がガラスの雨に噛みついて
言葉の影は殺される
おれは原子爆弾が破裂する瞬間の夢を見る
中学一年生の頃
膝下の白いソックスを上級生にからかわれた
田舎の小さな生き物たちは海底で死ぬことを余儀なくされる
わずかな息を殺しながら
なにもおれだけではなかったと思う
夢の中で見る夢のような夢が夢であるように
学校の屋上になにかを求めて
炙った安全ピンを左耳に突き刺した
おれは煙草を吸いだした
家族から逃げたくて
この青空が嘘だと信じたくて
スカートの中は煙のように空っぽだったというのに
おれはなんにも変わってなんかいなかった
水没したはずのわずかな言葉を求めて性的欲求の原始的な情景
を老木にぶつける
爆発の中の爆発だ!
空白の中の空白だ!
それがもう何十年も前の出来事だなんて
おれはクズだ
左右の手の長さの中に納まっているはずのおれの人生の中で生
まれてくる新しい命がどうしても信じられないでいる!
おれは煙草をやめた
ふさがらないピアスの穴に赤い道徳をねじ込んで
朝日の中にまだ生きているかもしれない鮮烈な言葉を夢見て
原子爆弾の雨だ!
返しのついた牙が噛みついた!
青い空の中を飛んでいる鳥が現実の中の現実だと思えば思うほ
どおれはどうしてもこの美しい世界を前に泣くという衝動を
選択せずにはいられないんだ!
兄の残光が青白く散っていく
死は真夜中の圧縮された海の底だ
おれは今でもあの青い空に落書きをする
詩「青い夜」 有原野分 @yujiarihara
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