第6話 住居兼本殿
「住居ってどこにあるんですか?」
『住居は本殿となります。なのでまずは拝殿に向かいましょう』
本殿が住居って……。まあ、僕が住むんだったら祭神だから、おかしくはないけど、でも暮らすのは
参道を北に歩くと、左右に狛犬が鎮座しておりその奥に拝殿があった。拝殿の左手前には神楽殿と思しき建物がある。
拝殿はこじんまりとしていて、前には賽銭箱がありその上には麻縄を添えた鈴があった。お参りのときカランカランとするやつだ。拝殿全体の見た目は普通のように思える。普通だと断言できないのは建物の様式や飾りなどの知識がないからだ。
「拝殿に着いたけど、この後どうすればいいんですか?」
『拝殿の中から
拝殿にそのまま入ることはなんだか気がひけるので参拝してからお邪魔することにする。財布から硬貨を取り出し賽銭箱に投げ、麻縄を振る。カランカランと鳴る鐘の音が静かな境内によく響く。
「私も鳴らしていいですか?」
天女ちゃんも続いてカランカランと鳴らした。なんだか楽しそうだ。僕も子供の頃、無闇に鳴らしていた気がする。
「次に二拝二拍手一拝をします。その後、心の中で神様にお願い事をしましょう」
天女ちゃんは僕の真似をして二拝二拍手一拝をした。僕がこの神社の祭神だが、自分にお祈りするのはおかしいので、あの光ってる女神様を思い浮かべる。心の中で怖い事が起きませんようにと願う。
「う~」
天女ちゃんは何を願っているんだろう?
僕たちは賽銭箱の裏へ回り、靴を脱ぎ拝殿へ続く階段を登る。靴下越しに冷めた木の感触が伝わった。登り終えると目の前には格子戸があり、それを開いて中へと入った。
中の広さは十畳ほどの床板で、何もない。ずいぶんと殺風景だ。部屋の奥には扉がある。あの先に弊殿が続いているようだ。
扉を開けると中は細長い通路のようだった。長さは10メートルほどだろうか、所々窓がついていて、ちらりと瓦屋根がのぞく。
反対側まで歩いてみるとまた扉があった。こちらの扉を開けて中へ入ってみる。するとそこは畳の引いてある広い部屋だった。
かなり広い。自宅のワンルームの部屋が4つくらい入りそうだ。いま出てきた扉は南側でそちらの面はすべて窓になっている。日当たりが最高に良いので、冬の弱々しい日差しでもとても暖かく感じる。
「すごい広いですねえ~」
「この部屋は何ですか?」
水晶さんに尋ねてみる。
『ここはリビングです』
ずいぶんと広くない?
『カミヒト様のお家のリビングです』
「え……僕の家なの?」
『超越神社の祭神はカミヒト様なのでこの本殿に住んでもらいます』
「僕が住むなら、天女ちゃんはどうするの?」
『天女様はカミヒト様の眷属なので、ここに一緒に住んでください』
ちょっと待って。いつの間に眷属になったんだ。それに一緒に住むだなんて、背徳感がすごい。狭いワンルームのアパートよりはマシだけど。
「こんなに広いお家に住めるなんて夢みたいです。カミヒト様、私は眷属として頑張ります!」
「様付けはやめてほしいんだけど……」
それからすでに眷属として受け入れているのはなぜなの?
「でも、神様なんですよね?」
「そうみたいだけど、今まで通りの呼び方がいいな」
「分かりました。ではそのようにします」
『それでは他のお部屋も見ていましょう』
ということで住居兼本殿の見学をすることになった。ダイニングは広く対面式のキッチンがおしゃれだ。トイレは2箇所ある。風呂は一坪タイプのユニットバスで足を伸ばしきれるほど広い。自宅の風呂は膝を深く曲げないと入れないのでこれは嬉しい。
部屋はリビングの他にも3つあって、すべて洋室だ。そのうちの一つは最低限の家具類があって、クローゼットとタンスの中には女性用の衣類があった。ここはどうやら天女ちゃんの部屋らしい。
「わあ~、お洋服がいっぱいあります!」
彼女は派手な一張羅しか無いからこれは助かる。
家具類があるのはこの部屋だけで、他の部屋やキッチンには何もなかった。
あのでかい和室以外はすべてフローリングなので、最近の新築のマンションって感じだ。こんな家なら、ぜひ住んでみたくなった。生まれたての妖怪と同居するのはまだ抵抗があるが、それでも魅力的なお家だ。家賃がかからないのもいい。
ワンランク上の生活をお約束します、みたいなキャッチコピーが似合う家で、今日一番テンションが上がる。
しかし二人で住むには大きすぎる。掃除も大変じゃないかこれ。
『複数人で住むことを想定しておりますので』
「他にも同居人ができる予定なんですか?」
『はい、神に眷属は付き物なので。カミヒト様には多くの眷属を作っていただく予定です。必要であれば本殿をもっと広くすることができます』
「……作らないとダメなんですか?」
『はい。眷属とは神の手足となって神のご意志のために働く者です。神として活動するには多くの眷属が必要となるでしょう。眷属にするにはカミヒト様への一定以上の好感度が必要となります。そして眷属となった者には神は力を与えることができます。眷属は人に限らず選ぶことができますので、目的のために多くの優秀な眷属を増やしましょう』
「……2点質問してもいいですか?まず人じゃない存在って具体的になんですか?あと目的とは?」
天女ちゃんのような妖怪の他にも、別の何かがいるってことだよね?
『日本の言葉で一言で云うならば“
……色々と思うところはあるけど、とりあえず文字が読みにくい。水晶さんの大きさが片手に乗るほどだから、そんなに大きくはないし、球体だから端の方は文字が屈折して、長文だとすこぶる読みにくい。
『失礼しました。こちらをどうぞ』
水晶さんの中によく見知った四角い形のものが出てきた。QRコードだ。
「……」
黙ってスマホでQRコードを読み込む。すると水晶のナビゲートというアプリのインストール画面が出てきた。タップしてインストールする。
インストールが完了し、アプリを開いてみる。
――水晶本体と同期しました。これからはアプリからでもコミュニケーションが取れます――
白い背景に文字だけがあった。単純なテキストエディタのようだ。このアプリでも水晶本体と同じように念話出来るか試してみる。
聞こえますか水晶さん。眷属作ったり、信者集めたり大変そうなんですけど、僕はスローライフがいいです。できますか?
――頑張ればできます――
念話はできた。しかし頑張らないとスローライフは難しいらしい。正直嫌だ。楽したい。
――頑張りましょう――
はぁ……色々聞きたいことはあるけど、今日は疲れたのでこのへんで終わりにしよう。
さて、天女ちゃんとはここでお別れだ。
悪霊は怖いけど、寝具もないし、今日は一旦アパートに帰るか。いざとなれば覚えたての結界をずっと張っていよう。
「また、明日来るから、天女ちゃんは今日からここに住んでね。水晶さんはここに置いていくね」
おや?天女ちゃんがモジモジしているぞ。
「あの、カミヒトさん。お腹すきました……」
「……妖怪って何食べるの?」
「人間さんと同じ食べ物で大丈夫です」
もしかして、うちに来てから何も食べてない?
「……お弁当買ってくるね」
多めに買ってきたほうがいいかな。ついでに僕のも買っておこう。唐揚げ弁当がいいかな。
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