第41話

 バスの中はがらんとしていて、私達は二人掛けの席に座った。

 う、わぁ……距離が、距離が近い! バスが揺れると肩が触れて……これは合法ですか!?

「今日はいい天気ですね」

 窓側の斗真君が言う。

「う、うん! そうだね」

 窓の外に目を向けると綺麗な秋晴れが広がっている。

「もし雨だったら行けない場所もあったのでよかったです」

「そうだったんだ。今日はどこに行くの?」

 今日まで二人で会って相談する時間が取れなかったから、旅行プランはほとんど斗真君が考えてくれた。「せめてなにか仕事を……」をお願いして宿の予約は私に任せてもらった。指定された温泉街はうちから電車で二時間くらいの場所で、プランの詳細は聞いていない分、手がかりはそれだけだ。

「秘密です。でも、きっと気に入ってもらえると思います」

「そっか。じゃあ楽しみにしてるね」

「はい」

 その時、バスが大きく揺れた。バランスを崩して斗真君の肩に寄りかかってしまう。

「ごめん!」

 慌てて距離を取る。

「大丈夫ですよ」

 そこで会話が途切れる。こんなドキドキした気持ちのまま黙ってなんていられないよ。せめて何か話して気持ちを紛らわせないと……何か話……

「そ、そうだ斗真君、これからどこに行くの?」

「その話、さっきしたばっかりですよ?」

 斗真君が不思議そうに私の顔を見る。私のバカ!

「そんなに楽しみにしてもらえて嬉しいですけど、着いてからのお楽しみです」

「そうだよね。つい気になっちゃって。あはは……」

 こんな調子で一泊二日、本当に大丈夫なんだろうか…


「次で降りますよ」

 斗真君に促されてバスを降りると、そこには横に長い灰色の建物があった。きっと奥行きもあるから、建物の中は相当広いんだろう。ショッピング施設……? いやでも建物の壁にお店の看板とか何にも出てないし……

「入り口はこっちです」

「あ、うん!」

 入り口の前に行くと、上に看板がついていた。

『アクアピアへようこそ!』

「もしかして水族館?」

「はい。菜々子さんと一緒に来たくて」

 水族館かぁ……確かにデートの定番スポットだよね。昔は家族でよく行ってたし、生き物見るのは好きだけど、何話したらいいのかなぁ!? 世の男女は水族館で一体どんな話をしてるわけ!? 「ペンギン可愛い♡」「君の方が可愛いよ♡」的な!?

いやいや、それは流石にオタク的思考すぎ……

「コラボチケット大人二枚でお願いします」

 チケット窓口で斗真君は言った。

「コラボチケット……?」

「はい。これが菜々子さんのチケットとパンフレットとヘッドホンです」

 渡されたパンフレットには『アクアピア×アイドルバトル フレッシュガールズ ~ドキドキ職業体験~』と書かれていた。

「ぬわぁんですって!?」

 急いでパンフレットをめくる。各学科アイドルの2年生、らむねちゃん、すずこちゃん、聖那ちゃん、涼ちゃん、羽瑠ちゃん、瑠佳ちゃん、愛実ちゃんの7人は職業体験でアクアピアにやってきた。そんな7人の働きぶりをこっそり見にきたペリドット、soropachi、@ほーむ、seek red sweetの1、3年生達。同日、クローバーパレットとBlütenblattの6人は新曲のイメージを膨らませるためにアクアピアを訪れていた……って結構強引に総出演させてる! 私としたことがこんなスペシャルなイベントを見逃してたなんて……

「どうですか。気に入ってもらえましたか?」

「最っ高!」

「よかったです」

 そう言って斗真君が嬉しそうに微笑む。

「さあ! いこいこー!」

 私達は入場ゲートを通って行った。

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