第23話

 衣装のサイズ感を調整し、ウィッグを被せた。メイクと衣装、ウィッグのバランスを合わせ、最後に薄く口紅を引く。

「……できた」

 震える声で呟く。

 そこにはずっとずっと大好きで憧れていたらむねちゃんがいた。

「斗真君も自分の姿、鏡で見てごらん」

 私は手鏡を斗真君に渡す。

「これが、僕……?」

 鏡を見た斗真君は手を頬にあてた。

「なんだか別人みたい……!」

 そう言って振り向く斗真君の表情は今日で一番輝いて見えた。

 そんないい顔するとさ、だめなんだよ。私は必死に我慢してたのに。

 私は思わず抱きついた。

「な、菜々子さん!?」

「もう、無理……限界なの! こんな、ら……斗真君目の前にして、澄ましてなんかいられない!」

「菜々子さん」

 呼ばれて見上げる。

「らむねちゃんって、呼んでもいいですよ」

「……う、うわぁ! らむねちゃん! 可愛い! 可愛いよ! 本当に大好き! 生まれてきてくれてありがとう! 私と出会ってくれてありがとう! 今までも、これからも、ずっとずっと大好き!」

 斗真君は私が落ち着くまで、何も言わずにいてくれた。


 私は斗真君の体から離れ、隣に座った。

「……ごめんね、取り乱して」

「大丈夫です。……僕は菜々子さんが満足できるらむねちゃんになれましたか?」

「もちろんだよ! ほんっとうに最高!」

「よかったです」

 斗真君は優しそうに笑った。

「その表情! いいよ最高だよ! もっと見せて!」

「そう言われても、意識してないのでできないです……」

「じゃ、じゃあさ! 一つお願いがあるんだけど……」

 私は斗真君にスマホの画像を見せた。


「目が溶ける……」

「どういうことですか!?」

 あまりの光景に私は語彙力を放棄した。

「らむねちゃんの決めポーズを3Dで見られるなんて……何かを一つ失ってもおかしくない……」

「これって、アニメに出てきた決め台詞の時のポーズなんですね」

 私が見せた画像でピンときたらしい。

「そうなんだよねぇ。ポーズと台詞が揃ったら完璧なんだけどなぁ……」

 そう言って斗真君を窺う。

「わ、悪い子たちはみーんなオートクレーブしちゃうぞ……」

「お、おぉ……」

 斗真君は両手で顔を隠した。

「下手なんですから下手って言ってください!」

「それは……だって、上手いとか下手とかの問題じゃなくて斗真君の優しさを感じるところだから」

「ぐぅっ……」

「ついでにもう一つお願いがあるんだけど……」

「なんですか」

「写真撮らせてもら……」

「嫌です!」

 斗真君は食い気味に拒否した。

「お願い! 一枚だけ!」

「だめです! 写真に残るなんて恥ずかしすぎます!」

「こんなに最高オブ最高で可愛いのに?」

「なんて言ってもだめです! いくら菜々子さんのお願いでもそれは聞けません!」

「そっか、そうだよね……」

 さすがにこれ以上引き下がることはできない。

「疲れたときに見て、癒してもらおうと思ってたんだけど……」

 リアルらむねちゃんに癒してもらうってだけじゃなくって、斗真君自体が私の癒しになっていた。思えば一か月以上こうして会ったりしてるけど、斗真君との活動の証って、一つも形として残っていない。だからせめて、今までの集大成であるコスプレ写真を大事に持っておきたかった。たとえ、もうここで会えなくなっても悲しくならないように。

「それって、僕じゃだめですか?」

「え?」

 斗真君の言葉に思わず振り向いた。

「写真は、嫌ですけど……その、もし菜々子さんがしてほしいって言うなら、また着てもいいかなって……それで菜々子さんが喜ぶならですけど……」

「喜ぶ! 超超超喜ぶ!」

 私は斗真君の手を取った。

「それって、私とこれからも会ってくれるってこと!?」

「はい。あの……むしろこんな僕でいいんですか?」

 何がそんなに不安なのか分からないけど、そんな君にはこの言葉を贈ろう。

「いろいろ言っても、私に付き合ってくれる優しい斗真君のこと、私は大好きだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る