初心者クエスト その3
第12話
廊下から足音が聞こえる。そろそろかな。
チャイムが鳴って、ドアを開ける。
「こんばんは」
「学校お疲れ様。さあ、入って」
「お邪魔します」
……はあ。今日もなんて可愛いお顔なの。
リビングに先導しながら、緩む頬を手で押さえた。
「今日は帰りが遅かったんだね」
お茶を用意して斗真君の隣に座り、私はそう声をかけた。
「え……」
って、何言ってるの! うちのアパートは廊下の足音がよく聞こえるから、今日は私より遅くに帰ってきたんだなっていうのが分かったんだけど、それってなんか気持ち悪くない!?……かといって、それ以外に言い訳のしようがないし。
「その……うちのアパートって廊下の音よく聞こえるからさ! 別にずっと聞き耳立ててたわけじゃないんだよ!」
「ああー、確かにそうですよね。僕も菜々子さんが仕事から帰ってきたの、靴の音で分かります」
……よかった、変態扱いされなくて。
「今日は亮介君に誘われてフットサルサークルの練習に参加してきました。亮介君、すごく上手なんですよ」
「へぇー、そうだったんだ」
友達と上手くやれてるんだな。よかったよかった。
「僕は下手だったんですけど、亮介君がいたから楽しかったんです。でも練習の後に、サークルの先輩達が僕のことを可愛いって言って……」
うんうん、確かにハイパー可愛いからね。
「地元では可愛いなんて言われたことなかったし、最初は驚きました。そのあと、女の子を見るみたいな目で見られてるのが分かって……亮介君は庇ってくれたんですけど、すごく気持ちが重たくなりました」
あ……これはよくない話だ。
そうだよね。やっぱり可愛いって言われるのはいい気持じゃないか。そう言えば私って今まで斗真君に可愛いって言ってた!? 心の中では何万回も言ってるけど口に出ちゃってたかな。私からしたら、らむねちゃんにそっくりなお顔は羨ましいを通り越して崇め奉りたいくらいだし、可愛いって言うのも最上級の誉め言葉なんだけど、嫌な気持ちにさせてたなんて……
「あの、斗真君……」
今までの言動を謝ろうとしたら、斗真君の声が遮った。
「それで、菜々子さんも僕のことをらむねちゃんに似てるって言って、らむねちゃんのことを可愛いって言うから、僕のことも可愛いって言ってることになると思ったんです。でも、それはなんか嫌じゃなくって。菜々子さんのらむねちゃんへの愛情が純粋だから嫌じゃないんだと思って、感動したんです!」
「え?」
「隣で見てたら分かりますよ! ああ、この人は下心なんてなく、ただ純粋にらむねちゃんのことを好きでいるんだって! 素敵です!」
そう言ってキラキラとした瞳で私を見つめてくる。いや、はちゃめちゃに可愛いな。って、今はそうじゃなくて。
自分の中でなにか納得がいってるのか、いつになくテンションが高いぞ。下心か……全くないと言えば嘘になるけど、斗真君が私を
「ありがとう。……さて、今日は先週の続きを観よう!」
「はい!」
「と、いうところなんだけど、第8話からは今までと違って、アイフレのメンバー19人が総出演というか入り乱れるというか……とにかく次々に出てくるのね!」
「は、はぁ……」
「私みたいな、アイフレメンバーを朝のニュースキャスターぐらい毎日見ているオタクならまだしも、アイフレ初心者の斗真君にはかなり観にくいと思うの。だから、こんなものを作ってみました!」
私はファイルからホチキス止めされた紙を取り出して斗真君に手渡した。
「これは……?」
「ふふ。題して、『4分で分かる! アイフレ』!」
私は斗真君の正面の位置に移動し、パソコンを開いた。
「斗真君は先週、各学科の紹介回を観てもらったから、それぞれの雰囲気とかは何となく分かると思うんだよね。だからそのおさらいってことで、メンバー名・見た目の特徴・性格でまとめて、アニメが観やすいようにプレゼンをします! その紙は補助資料として使ってね。それともう一つ理由があって、今度初めて社内プレゼンに参加させてもらえることになったからその練習にと思って準備したの」
斗真君は渡した資料をペラペラとめくった。
「……これ、作るの大変だったんじゃないですか?」
「いや、むしろアイフレ愛を発表する機会があるなんてご褒美だよね。本当はもっといろいろ詰め込みたかったんだけど、今回はアニメが観やすいように要点をまとめるっていうのが目的だから随分削ったんだよ」
プレゼンをつくるのは本当に楽しかった。一度没頭すると他が見えなくなる性格だから、食事も忘れてパソコンに向かっていたこともあった。
「社内プレゼンの練習も兼ねてるから、私の発表を聞いて何かアドバイスとかがあったら遠慮せずに言ってね」
「分かりました」
私はパソコンのプレゼン画面を斗真君の方に向けた。そしてわざとらしく咳払いをする。
「こほん。それではこれからプレゼンを始めさせていただきます。テーマは『4分で分かる! アイフレ』です。よろしくお願いします。それでは表紙をめくってください」
私は一息ついた。
「アニメの登場順に紹介させていただきます。まずは農業科の『
そこまで言い切って荒くなった息を整える。
できた。一週間準備してきた成果を披露出来て、私は達成感と高揚感でいっぱいだった。
その時、斗真君がすっと右手を上げた。
「はい、斗真君」
「あの……もう少しゆっくり話した方がいいと思います」
斗真君が控えめに言った。ああ……それはごもっともだ。
「……善処いたします」
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