第7話

『おいおい! そんな簡単に言っていいのか?』

 真央ちゃんが呆れたように言う。

『もちろん。つまり、この騒ぎを落ち着かせればいいんでしょ。人の心をつかむのはアイドルの得意技なんだから』

 自信ありげならむねちゃんに対し、玻璃ちゃんは不安げな表情をしている。

『で、でも! ステージも衣装もないし、本当に私達のことを見てくれるでしょうか……?』

『大丈夫。らむね達は学園ですごいグループ達とせっさ、えーっと、何だっけ?』

『切磋琢磨、な』

 すかさず真央ちゃんがフォローを入れる。

『そうそう! 切磋琢磨してるんだから! それに比べたらこんな困りごと、納豆菌より小さいもん!』

『それはちょっと分からないです……』

 そう言って玻璃ちゃんは目を逸らした。

『仲間のピンチは助け合わないと、ね』

 らむねちゃんは前かがみになり、女性のカバンについている乳酸菌のストラップを撫でた。

『2人とも、一緒にやって、くれるよね?』

 そう言って上目遣いで2人を伺った。真央ちゃんは大げさにはぁっとため息をつく。

『しょうがないな。なあ、玻璃』

『はい』

 そう言いつつ、2人の顔には期待感が滲んでいた。

『それじゃあ、いくよー! ミュージックスタート!』

 らむねちゃんの掛け声とともに音楽が流れる。

「この曲……」

 斗真君が呟いた。

「そう! 先週、斗真君にゲームでプレイしてもらった『flower front』なの! 代表曲だから一番に聞いてほしくて、先週選んだんだ。」

 突然始まったペリドットのパフォーマンスに、集まった人たちは次第と心が奪われていく。

 そして、曲が終わる。群衆からは大きな歓声が上がった。

『みんな! 聞いてくれてありがとー! これからは道を塞いじゃだめだよ。悪い子たちはみーんなオートクレーブしちゃうぞ♡』

 そう言って画面いっぱいに映し出されたらむねちゃんはウインクした。

「ぐわぁぁ……」

「なんでやられたみたいな声出してるんですか……」

 呆れたような声で斗真君が言う。

「だって……だって! これは破壊力抜群でしょ……決め台詞からのウインク、強すぎる……」

 3人のパフォーマンスのおかげで人だかりは解消された。

『らむねはお店、行っておいで』

 真央ちゃんがそう声をかける。

『でも……』

 らむねちゃんが見つめる先には仲の悪そうにしている男女の姿があった。

『大丈夫です。トラブルの方は私と真央先輩で解決しますから』

『2人とも……ありがとう!』

 そう言ってらむねちゃんはお店の方に走っていった。

 ここでエンディングが流れる。

「この曲はアイフレにでてくるアイドル全員で歌ってる曲なの。朝に聴くと、今日も一日頑張ろー!って気持ちになるんだよねー」

「確かに、元気が出る曲ですね」

 エンディングが終わると、両手にY字のめいぐるみを3つ抱えたらむねちゃんが映った。

『お、お待たせぇ……』

 走ってきたから息が切れている。

『2人はどうだった?』

『私はベランダのプランターを上手く剪定する方法を伝授してきました。思ったよりも植木が大きく育って困っていたみたいで』

『あたしは実家の牧場に招待したよ。最近急に吠え始めたっていうからストレスが溜まっているんじゃないかと思ってな。うちの牧場なら走り放題だろ? それに犬は母さんの方が詳しいから、見てもらった方がいいだろう』

『そっか……よかった。頑張ってくれた2人に、はいこれ』

 らむねちゃんが手渡したのは両手に抱えていたぬいぐるみだった。

『これ……いいんですか?』

 玻璃ちゃんが尋ねる。

『うん。お店の人がね、私達のライブを見ていてくれたみたいで、人だかりを解消してくれたお礼だって。みんな、ぬいぐるみを買えて嬉しそうだった』

 らむねちゃんはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

『3人でお揃いだね』

 そう言って嬉しそうに笑う。

『そうだな。これを見るたびに今日のことを思い出すよ』

『はい。刺激的な経験でした』

 3人で夕焼けの街を歩く。

『ふわぁ……らむねはもう疲れちゃったよ。真央ちゃん、おんぶしてぇ』

 そう言ってらむねちゃんは真央ちゃんの背中に被さった。

『お、おい! 自分の足で歩け!……はぁ、玻璃もなんか言ってやってくれよ』

 そんな真央ちゃんの耳元に玻璃ちゃんが口を寄せる。

『そんなこと言って、顔が嬉しそうですよ。らむね先輩に甘えられるの好きですもんね』

『ちょ、玻璃!』

『んにゃ。なんか言った?』

 真央ちゃんの肩越しに眠そうならむねちゃんが顔を出す。

『なにも言ってないっ!』

 そこで場面が切り替わる。ラストシーンはバスの最後部席で3人が眠っている。真ん中に座るらむねちゃんは真央ちゃんの肩に頭を預け、真央ちゃんはらむねちゃんの頭を抱いている。そしてらむねちゃんと玻璃ちゃんは手を繋いでいる。3人の幸せそうな寝顔が夕焼けに照らされている。

「はぁぁぁー……」

 私は大きく息をついた。

「ど、どうしたんですか?」

「尊い……」

「え?」

「この一つのシーンに込められた意味が分かる? 私には分かっちゃうんだなぁ! バスに乗り込むなりウトウトし始めるらむねちゃん! そんな様子を見かねてそっとらむねちゃんの頭の後ろに手を回し、自分の方に引き寄せる真央ちゃん! そしてそんな2人を見て優しくらむねちゃんの手を握る玻璃ちゃん! これだよ! たぶんね!」

「は、はぁ……」

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