定期便の遺言
小狸
第1話
死にたいと思った時に、このファイルを開き、文章を書くことにしている。
マイクロソフト社のワードである。
まあメモ帳でも良いが、縦書き表記にできることが、ワードの良いところである。
なぜこんなものを書いているのかというと、死にたくなったからである。
どうして自分みたいな人間が生きているのかが分からないのである。
いや、正確には『どうして生きているのかが分からない』まま大人になってしまったと言うべきか。
周りの大人たちは、そんなことでくよくよと悩んでいない。
いや、悩んでいるのだろう――分かる、分かっているよ、自分だけが不幸だなんて思うのは傲慢だし、自分以外の人間にもそれなりに分からない悩みがあるのだろう。
でも――それでも毎日を送ることができているじゃないか。
仕事に
行きたくない行きたくないと言いながら、毎朝起きて職場に赴いているではないか。
すごいと思う。
私には、それができない。
どうしてやりたくないことを、辛いことを、苦しいことを――やりたくない、辛い、苦しいと言いながらできるのか。
最初はできていたのだ。しかしある日、目が覚めても、身体が動かなかった。
金縛りとも違う、文章上は矛盾することを言うようだが、起きるという気が起きないのだった。
大人たちはこう言う。
――それが社会に出るということだ。
――それが社会の洗礼を浴びるということだ。
――それが大人になる、ということだ。
と。
ならば、そこに耐えることのできなかった私は、何なのだろう。
大人子どもか?
その日は体調不良で仕事を休み、そしてその次の日も、同じような症状でほとんど動くことができなかった。
今日こそは行かねば、皆は一生懸命頑張っているのだ――私だって皆のように頑張らなければ、精進しなければ、精一杯働かなければ。
そう思えば思う程に、身体は重くなり、動かなくなった。
結局上司の配慮もあり、一週間、仕事を休むことになった。
何もできなかった。
ゲームも、小説も、何も楽しいと思えなかったのだ。
ただあるのは、皆と同じように仕事のできていない、皆と同じように努力できていない、皆と同じように頑張ることができていない、罪悪感だけだった。
「……死んじゃおうかな」
その言葉が自分の口から出てきたことに、自分で驚いた。
金曜日の夕方のことである。
その週は、前述の通り、何もできないまま終わっていった。
そんな自分が、許せなかった。
働かざる者食うべからず、という言葉がある。
その言葉通り、私はほとんど何も食べていなかったので、体重が驚く程落ちた。
頑張ってダイエットしようとした時は、全然落ちなかったのにね。
生きていてはいけないのではないか――そう思った。
「―――」
電話があったのは、その夜のことである。会社の同期が、心配して電話をかけてきてくれたのだ。
私は、自分の身にあったことを正直に話した。
そして、詫びた。
皆と同じように、努力し、頑張り、尽力できていないことに。
「…………」
同期は、何を思ったのか――少しだけ沈黙した。
そして来週も休みでいいから、病院に行けと言われた。
病院?
私が?
その時は分かった、そうする、ありがとう――と言って電話を切った。
それは、どうなのだろう。
もし病院に行って、私に何らかの病気が見つかったとしよう。すると医師は、必ずそれを治療しようとするはずである。
身体の病気でも、心の病気でも。
長くかかろうと、すぐに完治しようと、だ。
それは――嫌だと思ってしまった。
だって、たとえ治ったとしても、また私は、壊れるまで頑張らなくてはいけないじゃないか。
皆と同じように頑張ろうとすれば、壊れるのは私の心なのだ、身体なのだ。
無限ループである。
あれ――。
罪悪感が消え、そのままそれは鈍色に光る黒い感情に姿を変えていった。
永遠に治って罹って治って罹っての繰り返しになることが、容易に想像できる。
そこから抜け出す方法を、私は一つだけ知っている。
「私って死んだ方が良いのかな」
一人暮らしの部屋の中で、そんな私の精一杯の呟きが、虚空に消えた。
(
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