拝啓お母さん。異世界で俺は元気です!
佐々木裕平
第1話 ・異世界のお兄ちゃんから手紙が届いたの!
「ねえシキミ君! 異世界に行ったお兄ちゃんから手紙が届いたんだけど、どう思う?」
俺の名前は小泉 シキミ。中学一年生だ。
俺はいつも通りに昼食後、教室の自分の机で一人ライトノベルを読みふけっていた。
至福の時間だ。
そんな時、クラスのアイドル的存在の花山かりんが前述のセリフを俺にかけてきたんだ。
「ねえ、ちょっとシキミ君、聞こえなかったの?」
「……いや、聞こえてたけど、花山さん、どういうこと?」
俺はそっけない返事をした。
でも、内心はドキドキだ。だって、花山かりんは前から俺の中で大好きな女子ダントツのナンバーワンなのだから。
かりんは空いていた俺の隣の席に座り、その長く黒い髪を後ろでポニーテール状に縛った。ふわりとかりんの髪の良い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
―良い香りだ―
かりんは一通の封筒を差し出した。
「これ、見てよ。あのね、うちのお兄ちゃん、去年交通事故で亡くなっちゃったんだけど……」
ウソだろ、知らなかった。いつも明るい笑顔のかりんにそんな悲しいできごとがあったなんて。
「そ、それは大変だったね」
なんて言っていいのかわからず、短くつまらない言葉しか出ない。
「うん。まあね。特にお母さんが大変だった。ずっとふさぎ込んでいたの。でも、それはもういいの。私もだいぶ吹っ切れたし。でね、問題はそこから先なの、聞いてくれる?」
俺の気づかいはあっさりとスルーされた。
「うん。で、先って?」
「さっきも言ったけど、お兄ちゃんが亡くなった後、異世界に行ったお兄ちゃんから手紙が届いたのよ。……どう思う?」
「えーっと。異世界から手紙? 亡くなったお兄さんから? おっしゃる意味が……」
誰だってそう思うだろう? 亡くなった人から手紙が届くなんて、ちょっとしたミステリーだ。しかもそれが異世界だっていうのなら、なおさら意味不明だ。
「ふう」
かりんは「ダメか」という顔を一瞬したが、それでもあきらめずに俺の机の上に紙を広げた。
「コレ。これが異世界から届いたお兄ちゃんの手紙なの」
それは四つ折りにされたシンプルな便せんだった。
「シキミ君が異世界に詳しいって、クラスの子に聞いたの」
俺が詳しいのはライトノベルの異世界モノなのだが……。困ったな。
「……異世界って言っても、俺が……っと」
途中まで言葉を発し、言葉を詰まらせた。かりんが、ずいっと俺の顔を覗き込んだからだ。
「どうしたの?」
困った。この人は、なんて整った顔立ちなのだろうか。そんなに顔を近づけられては、俺は流ちょうにしゃべることができない。
……俺は、一度イスの背もたれに身を預け、腕を組んで考える。
ここであっさりと断るのは早計だ。花山かりんみたいな美少女とお話ができるなんて、俺の人生では、今後もそうそうあるチャンスではあるまい。
そうだ。一秒でも長く、この会話を持たせよう。
俺はむくりと身を戻し、口を開いた。
「読んでもいい?」
「お願い」
俺は机の上の、異世界からの手紙とやらに目を落とした。
―みんな、元気か? 俺は死んだけど、異世界で元気にしてるぜ!
どうやら俺は女神様の手違いってやつで死亡しちまったらしいんだ。
だから女神様がそのお詫びにってことで、異世界に転生してくれたんだ!
いまの俺の夢は、この異世界を脅かす魔王を倒し、伝説の勇者になることだ!
そして異世界で女の子にモテモテになって、ハーレムを築くことだぜ!
俺は楽しくやっている! だからかりん! 母さん、父さん! 俺のことは心配しなくていいからな!―
これが全部だった。短いな。
「どう思う? シキミ君」
どうって、言われてもなあ。
……何から考えて、どう質問したらいいのか、わからん!
「えーっと。花山さん?」
「かりんでいいよ。みんなそう呼ぶし」
かりんは屈託のない笑顔でそう答えた。
普段の俺なら、こんな美少女に下の名前で呼んでいいよ、なんて言われた日には、頭がどうにかなってしまいそうになるだろう。でも、いまの俺は別の意味でどうにかなりそうだ。俺はどんな表情をしたらいいのかわからないまま、かりんに尋ねた。
「かりん……ちょっと考える時間くれる?」
「もちろん、いいよ」
俺は再びイスの背もたれに身を預け、教室の天井を見つめつつ、腕組みをした。
……どういうことだ?
―これじゃまるで、できの悪いラノベだ。素人の考えたラノベの展開だ。
ラノベの新人賞に応募したら、一次選考落ち間違いないだろう。
―もしかして、誰かのいたずら?
でも、かりんの兄の死をいたずらのネタに使うような人間、いる? いないとは言い切れないけれど、普段のかりんの様子を見るに、かりんがそんな恨みを買うような人間とは想像しにくいし。
―それなら、俺がからかわれている? かりんが誰かと結託して、モテないラノベおたくの俺を爆笑の渦に巻き込もうとしているのか?
それも考えにくいな。他の誰かならそう言うことをするかもしれない。でも花山かりんは、俺の知る限り、そういうことをする類の人間ではない。ましてや、自分の兄がいた、またはいる、あるいはいないとしても、人の死をネタに人を陥れる人間ではないと思う。
―じゃあ、本当に異世界からの手紙?
そんなバカな! ライトノベルじゃあるまいし。……でも、可能性はゼロじゃない、か……。
俺は再び身を起こし、机に復帰した。
「どう?」
「うわっ」
かりんが再び顔を俺に近づける。ダメだ。俺には近すぎる! なぜかわからないが、焦ってしまう。女子に対する免疫がなさすぎるのかもしれない。
「うーん、もうちょっと考える時間くれる?」
「そっか、いいよ。じゃあ、続きはうちでやる?」
「ああ、それなら助かる……って、ええっ?」
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