第86話 最終ホール
18番ホール・504ヤード・パー5。
これがデビュー戦となる瑠利にとっての、最後のホール。
ここまで前半を4アンダー、後半を2アンダーのトータル6アンダーでプレーしてきたが、もう一つスコアーを伸ばすチャンスだ。
他のロング3つは全てバーディーを奪っているだけに、ここも取りたいところ。
ただ、ツーオンを狙うには少し距離が長い。
全体的に上りの地形となっているため、表示以上に距離があるのだ。
「最後ね」
「ええ、長いようで、短い一日だったわ」
「そっかー、これで二人とプレーできるのも最後なんだね……」
同組の二人とはスタート前から色々あったが、今は仲良くなれた。
特に後半は楽しくプレーできていただけに、それを寂しく思う瑠利であるが、榎本優花里と華彩秋良は慣れたもの。
「そうね。でも、ゴルフを続けていれば、また一緒にプレーできるわ」
「ええ、今回は恥ずかしいところを見せちゃったけど、次は最初から本気を出すわ。覚悟なさいね」
「うん、楽しみしてる」
そうして少しばかり感傷に浸っていた瑠利であるが、その短い間にグリーン側では想定外の事態が起きていた。
「見てよ、あれ」
「うそっ、もうカメラマンたちが来ているの。早くない?」
「え、なになに?」
こういった大会に参加経験のない瑠利にはわからないことだが、その光景は異常であった。
もちろん大会の様子を撮影するためのカメラは最初からスタンバってはいたが、グリーンから少し離れた地点に並ぶのは、新聞社や雑誌記者たちだ。
本来なら後半スタート組のトップ争いを撮影するのが目的の彼らが狙うのは、神川佳斗の弟子である瑠利。
前半を4アンダーと驚異的なスコアーで上がってきたことが知られ、このような事態となっているのである。
「狙いはルリちゃんだってわかっているけど、あんなに大勢のカメラマンに見られていたら緊張するね」
「うん、私も」
「嘘おっしゃい。そんな事で動じるようなタマじゃないでしょう、あんたは」
「えへへ」
「まあ、ルリちゃんだし」
「ほんとよね」
「「「あはは!」」」
そんな感じで丁度よく緊張も解れ、プレー再開。
あのカメラマンたちが並ぶ光景にも相変わらずな瑠利の様子に、二人も毒気が抜かれたようでリラックスできていた。
その最終ホール。
ここはただ長いだけで両サイドにクロスバンカーはあるが、脅威ではない。
フェアウエイも十分な広さがあり、むしろサービスホールと言っていいだろう。
そこで瑠利はまたも驚異的なショットを見せ、一打目でクロスバンカーを越えると、二打目でグリーン手前20ヤードにつける。
そして三打目。ピンまでは45ヤードのアプローチショット。
ピンポジは二段グリーンの上の段にあるため、バーディーを狙うには下ではダメだ。
転がすか上げるかの選択だったが、ここで瑠利は迷わずサンドウェッジのフェースを開く。
プロの試合のような高速グリーンならともかく、高校生の地区大会程度ではそこまで速くはない。
まるでカメラマンたちに見せつけるかのような、高いロブショット。
それを、息をのんで見つめるカメラマンたちの前で、瑠利は放ったのだ。
カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ。
その瞬間、響き渡るのはシャッター音のみ。
高い弧を描いた打球は二段グリーン上段、ピンの手前に落ち、コロコロとカップに寄っていく。
「はいれ!」
咄嗟に出たのは誰の声であっただろう。
まるで、プロの試合を見ているかのように飲まれた観戦者いたようだ。
しかし、ボールはカップの縁、10センチ程度のところで止まる。
「おしい」
「入っちゃえば良かったのにね」
それを残念がる華彩秋良と榎本優花里であるが、瑠利は平然とパターを手に「お先に」とカップイン。
「「「「「ナイスバーディー」」」」」
と、周りから声を掛けられると、「ありがとうございます」と頭を下げる。
そして、続く華彩秋良と榎本優花里はパーで上がり、カメラマンたちからは大きな拍手が起こった。
パチパチパチパチパチパチパチパチ
「なんか、こんなこと初めてよね」
「ええ、私もよ」
と、驚きを隠せない二人であるが、すぐさま競技委員と春乃坂学園の顧問や生徒が駆け付け「取材はスコアー提出後にお願いします」と瑠利を連れて行く姿を見れば、我に返るというもの。
「ルリちゃん、これから大変そうね」
「ええ、明日に響かなければいいけど……」
そう心配する二人であるが、新たなスター誕生となれば、世間は騒ぐもの。
瑠利がプロを目指す以上、今度ずっと付きまとう枷のようなもので、どう付き合っていくかが、これからのカギとなるのである。
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