第78話 大混戦の七組目

 春乃坂学園ゴルフ部にとって唯一の不安要素であったカエデが、3オーバー39の好スコアーで前半戦を終えた。

 彼女が無事に後半戦を乗り切れるかどうかはわからないが、上々な滑り出しであったことは確かだ。

 となれば、次に続く者しだいで、上位進出が見えてくる。

 目指すは優勝の二文字ではあるものの、全国大会へ進むためには準優勝は必須。

 たとえ竜峰学園には敵わなくとも、準優勝候補の富士アザミ女子学園を倒さなければ、先へは進めないのだ。


 そして、それが実現したのが、この組み合わせだった。


 アウトコース・七組目でスタートした佐子田佳奈美は、七番ショートホールをプレー中。

 同組には富士アザミ女子学園二年・藤居ふじい奈緒なおがおり、他にも愛知県桜花おうか東高校三年・雪屋ゆきや愛実めぐみや、岐阜県関沢せきさわ高校二年・織原おりはら芽衣めいといった実力者が揃っていた。


 これまで彼女たちのスコアーは佐子田佳奈美が3オーバー、藤居奈緒は2オーバー、雪屋愛実4オーバー、織原芽衣5オーバーと、差のない内容だ。

 それぞれが富士アザミ女子の藤居奈緒を目標にしており、混戦となっていたのである。


「これを決めて、並んでおきたいところだけど……」


 佳奈美はティーショットを残り二メートルのバーディーチャンスにつけ、これからまさに打とうとするところであった。


 ラインは軽い右フック。

 強めのタッチなら、ほとんど曲がらずに入るようなラインだ。

 けれど、そう思えば思うほど身体は動かなくなり、言う事を聞いてくれなくなるもの。


「このままではダメだわ」


 一旦アドレスを解いた彼女は、軽く背筋を伸ばす。

 他のメンバーはすでにこのホールを終えており、残すは彼女だけであった。


「ごめんなさい、少し時間をかけるわね」


 佳奈美は同伴競技者たちに一言告げると、再びラインを読む。

 七番ティーグランドに後続の姿は無く、少しくらいの余裕はあった。


「フックで間違いないけど、曲がりそうで、曲がらなさそうなのよね……」


 見た感じ、ラインはフック。けれど、この時期は芽の向き次第で、ラインを消してしまうこともあるのだ。


「う~ん、どうしよう。でも、こんな時は確か、笑顔で強気にだったわね。うん、それで行こう」


 もう、何度見てもラインは変わらない。こんな時は、迷わず真っすぐドンッと打てば、案外入るものだ。

 その狙い通りに佳奈美の打ったバーディーパットは、ガチャっとピンに当たり、カコンとカップの音を鳴らす。


「よしっ」


「「「ナイスバーディー」」」


「ありがとう」


 同組メンバーの声掛けに軽く手を挙げて応じ、次のホールへと向かう。


 続くホールは495ヤードのパー5。

 ティーグランドから見て、右220ヤード辺りにクロスバンカーがあり、まずは第一打をどこへ落とすかがカギとなるが……。


 それを難なくフェアウェイのど真中に落とし、残りを270ヤードとした佐子田佳奈美。


 だが、他のメンバーは瑠利ほどといかないまでも、距離は出る。

 藤居奈緒はクロスバンカーを越えた250ヤード地点のファーストカット。(フェアウェイとラフの間で少し短く刈ってある1メートル幅のところ)

 雪屋愛実は240ヤード地点のフェアウェイ。

 織原芽衣はクロスバンカーに掴まった。


 そして、メンバー中、最も距離の出ない佐子田佳奈美の第二打。

 3Wを手に、正確なショットを繰り出し、残りは100ヤード。


 藤居奈緒はツーオンを狙うも届かずに、残りが30ヤードのアプローチ。

 同じく雪屋雫は40ヤードのアプローチが残り、織原芽衣は110ヤードほどが残った。


 先に打つのは織原芽衣。


 このホールは二段グリーンで、ピンの位置は下の段の左端。

 グリーン左手前から奥に掛けてはガードバンカーがあり、丁度それを越えていく感じだ。


 佐子田佳奈美と藤居奈緒に置いて行かれている状況の彼女は、ここで勝負を選択。

 一瞬だけ二人に視線を向けると、PWを手に取った。


「ピンデッドに狙うわ」


 それは誰に宣言するでもない呟きだが、自身を鼓舞するためのものでもある。

 改めて方向を確認し、一つ頷くと構えに入り、迷いのないスイング。

 そうして弾き出されたボールは、ピン目掛けて一直線。

 バンカーを越え、直にグリーンへ落ち、ピン手前1メートル50センチほどで停止した。


「よしっ」


 バーディーチャンスにつけた織原芽衣は、小さくガッツポーズ。


 そして、それに続きたい佳奈美であるが、彼女は前のホールあたりから、少しずつプレッシャーを感じ始めていた。


「残り100ヤードだけど、どうしよう。私の球筋だと、どうしてもバンカーが気になるのよね……。あれを避けて、右に乗せる? でも、織原さんはバーディーチャンスにつけているし……」


 と、余計な情報まで混ざり、自らを追い込んでいく。


 そんな、迷いながらのショットは、ミスが出やすい。

 案の定、ボールは引っ掛かり、左のバンカーへと吸い込まれていく。


「うわっ、最悪。一番入れちゃいけないバンカーなのに……」


 そう後悔してみても、もはや手遅れ。

 バンカーからピンまでの距離は近く、寄せるのは難しそうであった。


「ハァ……、やっちゃった」

 

 今更感はあるが、やはり右に乗せるべきだった。

 それを後悔する佳奈美は、更に悪い方へと意識が進んで行く。


「アレを出して、ツーパットでもボギーか。とにかく、確実に出さないと」


 そうして、周りが見えなくなっているうちに、雪屋愛実と藤居奈緒は短いアプローチを簡単に寄せ、バーディチャンスに。


 佳奈美は予想通りバンカーからは出すだけ。

 結局はツーパットのボギーでスコアーを落とす。


 一方の雪屋愛実と藤居奈緒は、あっさりパットを沈めてのバーディー。

 そして、最初に寄せた織原芽衣は、パットを外してのパーだった。


 終わってみれば佳奈美の独り相撲のようなもの。

 他人のショットに気を取られ、集中力を欠いてしまった。


 だが、結果的に見れば、このミスは正解だったと思う。


 これにより佳奈美は落ち着きを取り戻し、九番ホールを無事にパーで乗り切り、スコアーを3オーバーの39とした。

 

 大崩れする前に小さなミスで済ませたことが、好スコアーに繋がったのだ。



 とはいえ、この組は大混戦。


 藤居奈緒が1オーバーの37、雪屋愛実は3オーバーの39、織原芽衣は5オーバーの41と拮抗した状態が続く。

 後半の展開次第では簡単に入れ替わりもあるため、気の抜けない戦いになったのであった。



 ちなみに、クラブハウスへ戻ってきた佐子田佳奈美は、詩穂からカエデのスコアーを聞かされて……。


「あぶなっ!」


 と、彼女らしからぬ驚きの声をあげていたりする。

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