第76話 カエデの実力
それは、合宿二日目の事。
何度挑戦しても瑠利に勝てないカエデは、佳斗に泣きついていた。
「佳斗おじさん。どうしたらルリに勝てるか、教えて」
「そうだねぇ……、カエデは手で打とうとする癖があるから、まずはその矯正かな。見ててごらん」
佳斗はそう言うなり、クラブを手にして打席に立つ。
「まずは構えるだろう。そして、そのままの状態で両腕を曲げると、クラブが身体の正面に来るよね。で、このままバックスイングをすると、理想のトップの位置になるのは、わかるかな?」
「うん」
「なら、このままスイング。これを繰り返し練習することで、正しい形が身につくんだ」
「わかった。やってみる」
カエデは、今見たまんまの動作を真似て見る。
すると、これまでとはトップの位置が違うことに、気づいた。
「あれ……」
「そう、それで合ってるよ。カエデは右の脇が開く癖があるから、その矯正も兼ねているけど、違いはわかるかな」
「えっと、右肘の向きだったよね」
「そう、右肘が下を向いていれば脇は閉じてる状態。どっかを向いていたら開いてることになるから注意して」
「はい!」
そのアドバイスに従って、カエデは練習を繰り返す。
徐々に動きがスムーズになってくると、次のステップだ。
「よし、じゃあ、今度はそれでボールを打ってみようか」
「えっ、これで打てるの?」
「もちろんだよ。テークバックの位置は同じなんだから、打てなきゃおかしいだろう」
「そりゃ、そうだけど……」
ちょっぴり不安なカエデだが、佳斗おじさんの教えに間違いはないと、信じて打ってみる。
すると、思った以上にキレイな球筋でボールが飛んでいった。
「えっ、うそ。今のボール、私が打ったの?」
「そうだよ」
「すごい! 魔法みたい」
「ははは、なら、その魔法にかかったまま、続けてみようか」
「うん!」
そうして暫く練習した後、カエデは再び瑠利に挑むのだった。
「ルリ! 今度は負けないからね」
「望むところです。わたしだって、負けませんよ」
で、結局は瑠利の勝ちとなるのだが、そのたびに佳斗のもとへ泣きつきアドバイスを貰うことで、カエデはどんどん上達していったのである。
☆ ☆
「この人、上手い」
それがカエデと一緒に周る、同伴競技者たちの感想だった。
「最初の子といい、今年の春乃坂はどうなっているの」
「こんな人たちが前半の組にいるって、何考えてるのよ、運営委員は」
彼女たちが苦情を言いたがるのも、無理はない。
本来なら前半には一年生や、まだ実力不足な選手たちが集まっているはずなのに、ここまでカエデはスタートホールでバーディーを奪った後、ずっとパーを続けていた。
本人は「すごく、調子がいいかも」くらいに思っているが、同じ組のメンバーには堪らない。
なんせ、一組目は事情があって、それなりの選手(華彩秋良と榎本優花里)を配置したが、二組目以降は実力通り。
スコアーも、パーよりもボギーやダボ、トリプルボギーなどが並ぶような散々な結果なのだ。
その中に混じって、一人だけ1アンダーで周っているのだから、浮いてしまうのも無理はない。
けれど、カエデの実力も元々は似たようなものだった。
冬の大会ではスコアー94と大叩きしての、この組なのだ。
ただ、この間に彼女は、瑠利という目標を見つけていた。
初めは、陸斗を奪われるのが嫌で対抗心を燃やしていたが、今ではすっかりゴルフに夢中だ。
それに瑠利だけでなく陸斗にも負けているので、必死になって練習したのである。
だが……、そう順調には進まないのが、ゴルフというもの。
『ゴルフはメンタル』と言われるほどに、精神面は重要だ。
一度歯車が狂いだせば、ズルズルと崩れていくのもゴルフ。
そして、その魔の手が、カエデにも迫っていた。
ここまで5ホールを終えて、1アンダー。
そろそろ気持ちの緩む頃合いである。
六番ホールは354ヤード・左ドック(ホールが途中で左に曲がっている)のパー4。
ここでカエデは、今日初めてボールを曲げる。
「あれ……」
彼女の打球は右に更かし、深いラフへ。
左ドックで反対に曲げたのだから、残りの距離は170ヤードと、厳しい数字だ。
ここでカエデが手にしたのは5W。
幸いにもボールは浮いていて、ウッドでも打てそうだった。
けれど、その選択は間違い。
ティーショットで、彼女が右に曲げた理由は何か。
それは右肘が開いたことで、その矯正もなく打てば、結果も見えていた。
「あっ、また……」
ここで、カエデの打球は再び右へ。
OBラインギリギリのところで、止まっていた。
「急にどうしたんだろう……」
そう悩むカエデであるが、意識の変化には気がついていなかった。
というのも、彼女はこのホールに入る前、余計なことを考えていたからだ。
『あれ、もしかしてアンダーで周ってる? 私、凄くない』
たったこれだけ。なのに身体は少しだけ硬くなり、テークバックが浅くなったのだ。
これによりスイングがカット気味に入り、ボールは右へと飛んでいく。
直すためには佳斗から教わった通りに右の脇を閉め、自然な回転を心掛けるべきであるが、カエデは焦っていた。
「まずい、これを寄せないとパーがとれない」
もはや、寄せるという状況でもないのに、アンダーを維持したいという欲望が彼女の判断を狂わせる。
そのため、残り50ヤードのラフからだというのに力が入り、ザックリ。
これで、もはやパーは絶望的。
それでも、これが入ればなんて望みをつなぎ、今度はグリーン奥へオン。
結局、そこから2パットのダボとなった。
「ああ……、ダボった。素ダボはダメなのに……」
彼女の言う素ダボとは、OB無しでダブルボギーを打つことだ。
ペナルティーがあってなら、ある程度は仕方のないこと。
ティーショットはミスったけど、あとは上手く打ってパーで上がったということになるが、それ無しでということは、ミスを連発したということに他ならない。
事実、このホールでカエデの打った打球に、いい球は一つもなかった。
「まあ、やっちゃったものは仕方ない。次ね、次」
ただ、カエデの良さは、この切り替えの早さ。
だが、今回はこれが裏目に出る。
7番ホール・176ヤード・パー3。
ここを5Wで打ったカエデの打球は同じように曲がり、ボールは右のバンカーへ吸い込まれた。
「あ、まただ。どうして、あっちに行くんだろう」
流石にこれは酷いと理由を探すが、忘れっぽいのもまた彼女の特徴だ。
佳斗からは何度も注意されているのに、いまだ思い出せないでいた。
そして、このホールをボギーとし、続く8番ロングもボギー。
これで3オーバーまでスコアーを落とし、いよいよ焦ってきた。
せめてハーフ30台では、あがりたい。
でも、ボールは真っすぐに飛ばないし、理由もわからない。
「どうしよう」
だが、ここでようやく欲が無くなり、佳斗からの教えを思い出した。
『クラブは常に身体の正面と教えたはずだよ。無駄に手を動かすから、方向が安定しないんだ。狙ったところに打ちたいなら、手で合わせようとしない事。ほら、やってみな』
「えっと、構えてから腕を曲げて、バックスイング。で、この位置がトップだから……あ、ぜんぜん違う」
こうしてカエデは最後でスイングを修正。
9番ホールをパーで凌ぎ、前半戦を39スコアーで終えた。
これは想像以上に出来過ぎた結果であったが、本人には後悔が残る。
「なんで、忘れちゃったんだろう」
そう思うカエデであるが……。
「ま、後半戦は忘れなければいいよね」
と、やはり開き直りも早かった。
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