第29話
星空が輝き、月の光が夜空を照らしていたある晩、炎煌城のどこか静かな一角で星良、美晴、魂音の三人は集まっていた。三人とも、日中の情報収集と戦闘の疲れを癒やすために深夜まで休んでいた。
しかし、静寂は突然破られた。何者かが彼らに向けて闇から攻撃を仕掛けてきたのだ。不意の攻撃に驚きながらも、三人はすぐに反撃の構えを取った。
「ここは私たちに任せて、美晴!」星良は声を張り上げた。美晴は星良の言葉を聞いて、一瞬で反応した。彼女は迅速に動き、その絶妙な動きで影から襲い来る攻撃をかわし続けた。
その時、美晴の視界に、焔衛で見かけた顔が映った。美晴はその瞬間に確信した。襲撃者は焔衛の一員だった。
彼女はすぐさま行動に移った。迷わず、美晴はその人物を追い詰め、一瞬で捕らえた。彼を地面に押し付け、問いただした。「何故、襲ってきた? 何が目的だ?」
男はうめきながらも答えた。「影丸のことを知っている者を...生かすわけにはいかない...」
その答えに、美晴は深く唸った。この男が焔衛であること、そして影丸の情報を我々が知っていることが問題であるということ。それらは、一体何を意味しているのだろうか。星良と魂音もまた、その答えに困惑していた。
星良はその夜、長い時間をかけて考えた。そして、ある推測に行き着いた。焔川勇次が影丸を雇っていたのではないか。それが事実だとすれば、星良達が影丸を焔衛に突き出したことは、脅しに思えたかもしれない。そして、黒魔術師と繋がっている勇次にとって、その事実を隠すことは重要だった。美晴と魂音にその推測を話すと、彼らも同じように考えていたようだった。これまでの情報と照らし合わせても、星良の推測は合理的に思えた。
影丸が焔川勇次と繋がっていたとすれば、焔川勇次や闇の軍勢と繋がっているということだ。星良、美晴、魂音は、今まであまり考えたことのなかった国、ドラクシアに目を向けた。その国は、魔王アゾゴスが統治する地で、闇の軍勢の本拠地だった。
ドラクシアは大陸の北部に位置し、荒涼とした山岳地帯、深い森林、そして広大な地下洞窟ネットワークに囲まれた国だ。ここでは、夜が永遠に続き、月が常に高く輝いている。その国の中心部には、巨大な黒曜石の城がそびえ立ち、その城からは魔王アゾゴスの力が溢れ出ていた。
アゾゴスは魔術師であり、カリスマ性も持ち合わせていた。彼の力はドラクシア全体に影響を与え、闇の軍勢を率いて他国への侵略を進めていた。その下には、特に強大な力を持つ四大眷属、サルヴァトール、イグニシア、ラズリア、イスカンダルが仕えていた。
星良たちはこの情報を基に、次の行動を考えることになった。黒魔術師が闇の軍勢と関わりがあるなら、ドラクシアに行って調査をするべきだ。しかし、その旅は危険が伴うことは間違いない。アゾゴスとその眷属たちは強大な力を持つだけでなく、それぞれが異なる能力を有していることが予想された。
星良はその静かな夜空を見上げながら考えていた。彼女の中でひとつの思いが膨らんでいった。確かに、ドラクシアは恐ろしい場所だと言われていた。それでも、なぜか彼女はその地を訪れることに対して特別な感じがした。
彼女たちの目的は明確だった。炎煌城と闇の軍勢との関係を探し、水晶城を援助するための情報を得ること。そのためにはどうやらドラクシアに行く必要があるようだった。しかし、その道のりは困難であることが予想された。闇の軍勢、そしてその支配者であるアゾゴス。彼らを相手にするのは簡単なことではないだろう。星良の中にはもう一つ目的があった。彼女自身もその全てを理解しているわけではないが、彼女の内なる声が、まだ見ぬ真実を追求することを告げていた。
彼女は声で言った。「ドラクシアに行こう」それは宣言だった。美晴と魂音もそれに同意し、3人の旅は新たな方向へと進むことになった。
「さて、問題は、ドラクシアにどうやって行くかだな」星良がぽつりと呟いた。彼女の顔には、考え込む様子が見えた。美晴と魂音も同様に、何が最善策なのかを探る表情を浮かべていた。
ドラクシアは、他国と戦争状態にある。だから、通常の方法では行くことはできない。特に、ユウキヨからの旅は難しく、その領土を踏むこと自体が危険を伴う。
「フェーズゲートだ」星良が言った。「もし可能性があるとすれば、それだろう。エルデリアにはフェーズゲートという名前のゲートが存在するらしい。ドラクシアに行くには、そのゲートを利用してドラクシアと繋げばいい」
星良の提案に、美晴と魂音はしばらく黙って考えた。フェーズゲートとは、このアストレイアに存在する特殊なゲートで、フェーズクリスタルを使って別の場所へ瞬間移動することが可能だ。その性質を利用すれば、確かにドラクシアに行くことが可能になる。
しかし、問題はフェーズクリスタルの調達だった。フェーズクリスタルは古代遺跡からごくまれに発見される希少な鉱石で、その価値の高さから国家機密とされていた。それを手に入れるためには、各国が遺跡探索に力を入れているほどだ。
「フェーズクリスタルを手に入れるのは難しいだろうな。特に、私たちがここユウキヨにいる限りは」魂音が憂鬱そうにつぶやいた。
美晴はうなずき、「それに、私たちがエルデリアのフェーズゲートを利用するためには、エルデリアの国境を越える必要がある。それもまた難題だよね」と続けた。
それぞれが考え込んでいると、星良は突然笑った。「難しい問題は、一つずつ解決していけばいい。まずは、フェーズクリスタルを探すことから始めよう。そして、エルデリアに行く方法を見つける。」
星良は椅子に深く座り込んで考えを巡らせた。ユウキヨにもフェーズクリスタルが存在していることは確かだ。翡翠城の月詠智広、雷鳴城の山本昭弘、水晶城の石井淳夫、星煌城の松尾晴美、月影城の風間久美子、そして炎煌城の焔川勇次。特にこれら6人の宗主がフェーズクリスタルを保有している可能性は高いと思われる。
しかし、その真実を探ることは容易ではないだろう。フェーズゲートは、戦争という事態になった時にその有用性が高い。城内に直接軍隊を送り込むことが可能だからだ。ある意味では、フェーズクリスタルは絶対的な力を手に入れる鍵とも言える。その存在と保有者は国家の最高機密であり、それを知る者はきわめて限られているだろう。
星良はその点を理解していた。情報を追求することは、自身の信用を危うくし、多くの問題を引き起こす可能性がある。そのリスクを考慮に入れると、フェーズクリスタルの存在について石井淳夫に直接問うことは困難だと理解していた。それに、星良は知りたいという単純な好奇心だけで彼に問いただすべきではないとも感じていた。
星良は頭を抱えて深呼吸をした。フェーズクリスタルの存在とその保有者の情報を手に入れるための方法を探すべきだろうか、それともその存在をただ信じるだけで満足すべきだろうか。それらは誰もが答えを持っていない質問だった。
星良は窓の外を見つめながら、何をすべきかを考えていた。彼女の視線の先に広がるユウキヨの美しい風景は、その中で起こる可能性のある戦争を予想すると心が痛んだ。
「水晶城と炎煌城の間で戦争が始まったら...」
「やはり同盟による抑止しかないのだろう...」彼女はそうつぶやいた。同盟を結ぶことで互いの信頼関係を強化し、戦争を回避することができる。それは彼女の信じる最良の解決策だった。
また、もしこの情報が正確であり、炎煌城が闇の軍勢と繋がっているとしたら、それは同盟形成の強力な推進力となるだろう。その事実が明らかになれば、他の宗主たちは戦争を避けるために同盟を結ぶことを選ぶ可能性が高まる。
「しかし、そのためには確固たる証拠が必要だ。」星良はそうつぶやき、その後の戦略を練り始めた。
星良たちは水晶城へ戻ることを決意した。水晶城は学問と芸術の中心地であり、石井淳夫の持つ豊富な知識は星良たちが求める証拠を見つける上で役立つだろう。それに、水晶城は彼女がユウキヨで初めて訪れた場所でもあった。彼女はそこに戻ることで、何か新たなヒントやアイデアを見つけることができるかもしれないと期待した。
星良と魂音の会話は、陰鬱な夜空を照らす星々の下で静かに始まった。
「魂音、君はどうする?」星良がまず口を開いた。
魂音は深く息を吸い込み、目の前の空間をじっと見つめてから答えた。「火山という聖なる場所を穢す闇の存在を許すことはできない。俺たち狛犬族は、聖なる場所を守る存在だ。その義務から逃げるわけにはいかない。」
その言葉は、彼の魂の奥底から湧き上がってきたような深い決意を感じさせた。彼の大きな体からは神聖な光が放たれ、まるで火山の灼熱の炎のように強く、しかし静かに輝いていた。
彼の短く灰色の髪は風になびき、その毛先の白さが強く引き立っていた。その獅子のような顔立ちは、強く引き締まったあごと大きな鼻で印象付けられ、神聖なるものへの畏敬の念を彼に感じさせた。
「ドラクシアへ一緒に?」星良が続けて尋ねた。
魂音はほんの一瞬、その問いに黙って考え込んだ。しかし、すぐに彼は自信に満ちた声で答えた。「ああ、俺は一緒に行きたい。俺の役目は、聖なる場所を守ること。それはどんな困難に直面しても変わらない。だから、星良と共に闇の存在を追い詰めることが、俺が選ぶべき道だと思う。」
星良は一人、静かに焔川薫との会見の可能性を考えていた。それは己の命を賭けるような危険な賭けだったが、他にどんな手があるだろう。焔衛の武士を捕えた事実を焔川薫に通知することが、彼との直接的な交渉の道を開く最善の策として、彼女の頭の中に浮かんできた。
星良は目を閉じ、深呼吸をした。冷静さを保ちつつ、慎重に次の一手を選ばなければならない。その答えが見つかったとき、彼女はすぐに美晴に頼むことを決定した。
「美晴、私に一つ頼みがあるんだけど。」星良は、彼女が現れるのを待つと同時に、彼女に伝えるべきことを整理していた。
猫又族の美晴は、彼女が呼ばれるとすぐに姿を現した。「何だろう、星良さん。何か面白いことでもあるの?」と彼女は明るく尋ねた。彼女の金色の目は好奇心に満ちており、茶色と白のまだら模様の尾はくるりと丸まっていた。その短くて黒い髪と尖った猫耳が彼女の活発さをより一層強調していた。
「美晴、私たちは焔川薫と会う可能性がある。そのためには、先日捕えた焔衛の武士を彼に引き渡すことだと思う。」星良は静かに語った。
美晴は一瞬、驚きの表情を浮かべたが、すぐにそれが興奮に変わった。「そうなんだ!私たちが直接彼に話すんだね!それなら、私が焔川薫の屋敷に忍び込んで、その情報を伝えることを星良さんは望んでいるんだろう?」
星良は美晴の推測力に微笑んだ。「正確には、その予定だ。お願いできるかな、美晴?」
美晴は自信満々に頷いた。「もちろんだよ、星良さん!私の特技を活かせるなんて、嬉しいよ!さあ、いつでも行く準備はできてるから、言ってよ!」
焔川薫の屋敷は、炎煌城の都心にある豪奢な建物だった。それは夜の闇に包まれながらも、周囲に灯る炎の灯りに照らされ、その堂々とした存在感を放っていた。街路から見ると、高くそびえる赤煉瓦の壁と、そこに描かれた金色の焔の模様が、その主が誰であるかを誇示していた。
屋敷の正面には大きな門があった。それは黒鉄の塔門で、その頂上には巨大な炎の模様が彫られ、門扉には金属で作られた焔川家の紋章が飾られていた。門の両脇には炎を手にした二つの巨大な石像が立っていて、訪れる者たちを厳かに迎え入れる。
門をくぐると、屋敷の前庭が広がっている。庭は整然と手入れされ、中央には大きな噴水が設置されていた。その噴水からは赤い光を放つ水が噴き出しており、それが庭全体を幻想的な雰囲気に包んでいた。さらに、噴水の周りには様々な花が咲き乱れ、その美しさと匂いが空気中に広がっていた。
焔川薫の屋敷は、その主の権力と富を表現するためのものであると同時に、炎煌城の人々に対する彼の影響力の証でもあった。
夜が深まるにつれ、美晴の心は高鳴っていった。明かりがほとんど消えてしまった焔川薫の屋敷は、静寂と闇に包まれていた。しかし、美晴にとって、それは忍び込む絶好の機会だった。
「さて、始めるとしよう。」美晴は自分に言い聞かせると、その場から素早く飛び立った。
彼女の俊敏さを活かして、屋敷の壁を駆け上がる。瞬時に屋根まで達し、その優雅さと速さは、まるで夜の風に乗って飛んでいるかのようだった。
屋根は寒さで冷たく、瓦が微かに月明かりを反射していた。美晴は全身を使って音を立てずに移動し、まるで闇そのもののように、周囲に気づかれることなく忍び込んでいった。
彼女が身を寄せた煙突の影からは、屋敷の中の様子を伺うことができた。どうやら警備員たちは屋敷の内側を巡回しているようだ。その動きを見つつ、美晴は心の中で経路を計算し始めた。
この瞬間こそ、美晴が猫又族としての能力を最大限に発揮する時だった。彼女の視力と聴力、敏捷さと速さ、全てが研ぎ澄まされ、一瞬の隙も許さない集中力が彼女を包んでいた。
次の警備員の巡回までの時間を見計らい、美晴は煙突から屋敷内へと身を滑らせた。その動きは滑らかで静か、まるで影が移動するかのようだった。
美晴の作戦は一夜に終わるものではなかった。焔川薫の屋敷は広大で、その内部は複雑に絡み合った通路と部屋で構成されていた。それに加え、警備員たちの頻繁な巡回と、薫の屋敷が絶えず人で溢れている事実が、美晴の任務をさらに困難なものにしていた。しかし、美晴は猫又族としての彼女の能力と、粘り強さを頼りに、日々、屋敷に忍び込み、その内部の情報を確実に収集し続けた。
「この屋敷、意外と広いわね。」美晴は一人でつぶやいた。彼女の言葉は暗闇の中で消え去ったが、その困難さを表していた。
彼女の作戦は着実に進行していた。日が経つにつれて、美晴は屋敷の構造をより深く理解し、警備員たちの行動パターンを掴んでいった。
同時に、美晴は街で情報を集めるために、日中は屋敷の周りを徘徊していた。街の人々から得た情報は、焔川薫の日常生活のヒントとなり、美晴の任務を助けていた。
そしてついに、1週間後のある夜、美晴は成功を収めた。彼女は屋敷の情報を基に、薫の寝室の位置を割り出したのだ。
夜の闇が広がり、焔川薫の屋敷は静寂に包まれていた。
「よし、ここだわ。」彼女はつぶやきながら、薫の寝室の窓からそっと中を覗いた。部屋は暗闇に包まれていて、薫の姿は見えなかったが、彼女が部屋にいる気配は感じられた。
美晴は軽やかに窓を開け、静かに部屋に忍び込んだ。その目的は明確だった。星良が書いた書簡を薫の目につく場所に置き、後日、話をするべく彼女を引き出すことだ。
しかし、計画は予想外の方向に進んだ。美晴が部屋に忍び込んだ瞬間、薫が目を覚ました。そして、彼女の鋭い視線が美晴を捉えた。
「あなた、何日も前から私の屋敷に忍び込んでいたのね。」薫の声は冷静で、驚きや怒りは感じさせなかった。
美晴はしばらく無言でその場に立っていたが、やがて彼女は小さく頷いた。「ごめんなさい、焔川さん。でも、私には伝えなければならないことがあって...」
そこで美晴は、星良の書簡を薫に手渡した。薫はそれを受け取り、不思議そうな顔をして美晴を見つめた。「あなたが何もしなかったのは、悪意がないからだと思っていたわ。でも、これは一体...?」
焔川薫は、美晴が置いて行った書簡をゆっくりと開いた。その書簡には、美晴からの伝言だけでなく、星良からの直接のメッセージも含まれていた。彼はその言葉を目にした瞬間、少しだけ目を細めた。そして、一通り書簡を読み終えると、彼は深く息を吸った。
しばらくの間、彼は自身の心の中にある感情と思考を整理する時間をとった。そして、ふとした瞬間に決断が下った。彼は再度書簡を手に取り、星良に返事を書き始めた。その内容は、待ち合わせの約束だった。
焔川薫は書簡に、自分が星良と話をすることに同意したこと、そして炎煌城の外での待ち合わせ場所と時間を書き留めた。
彼は自分の信念をしっかりと持っていた。他人の意見を尊重し、対話の大切さを理解していた焔川薫は、星良との対話を通じて、何か新たな解決策を見つけることができるかもしれないと感じていた。
「待ち合わせの場所は...」彼は自分の知っている安全な場所を思い浮かべながら、その場所の名前を書き留めた。「ここで、星良と話をする。それが最善の選択だろう。」
焔川薫は書簡を閉じ、美晴に渡すための封筒に入れた。
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